fukugen(福言):出会い気づき変わるためのヒント

「モチベートがかからない」とか「やる気がでない」という質問をよく受けます。私は、人との出会いや映画、音楽、本などに救われてきました。なかでも、人のことばは、大きな意味をもちました。これからは、そういうことを思い返しながら、生きていくのに基礎となった一般教養や歴史、データなどのピースを散りばめていきます。ご興味があれば、そこからググってください。あなたがこの社会と結びつき、生きていくエネルギーとなるのに、少しでもお役立ちできたらうれしいです。[2021/08]

03.思想・哲学・宗教

美学とエステと第三の眼 動物の絵展

府中市美術館で、動物の絵 日本とヨーロッパ ふしぎ・かわいい・へそまがり 開館20周年記念展示。著名な画家の作品がたくさんあります。日本人では、円山応挙、藤田嗣治、谷文晁、若冲、北斎まで、世界では、ピカソ、シャガール、マリーローランサン、モロー…

言論の自由と民主化の原理 衆院選公示

衆院選が公示され、1051人が立候補しました。人数は、小選挙区比例代表並立制以降の25年で最少、20〜 30代は10%に達していません。女性も20%以下、70歳以上がこれまでで最多。日本の政治は、多様化にも若返りにも逆行しているのです。 各党の政策を見ても、…

大きな宗教の時代へ

大雑把な捉え方ですが、 かつての宗教の時代は、科学や技術にとって代わられ、 経済の時代となりました。 そして、芸術や哲学、つまり、文化の時代となり、 次にまた、宗教の時代に、なりそうに思います。 これは以前、「21世紀は、宗教の時代」 と言われた…

秘儀と制限

身体性に惹かれていくのは、しぜんなことであり、ときに魅力的かつ快感を伴うものです。 ハタ・ヨーガはまだしも、クンダリニ・ヨーガやラージャ・ヨーガは、チベット密教やインド密教へつながっていきます。その点では、大いに注意することで、密教などと同…

スピリチュアリズムとカルト化

魂が生まれ変わり、そのたびにレベルが上がっていくと考える人たちがいます。 宇宙霊、UFOなど、わからないことについては、否定しません。 だからといって肯定したらよいとは思いませんし、肯定はしません。 でも、絶対に起きないことさえ、絶対にないとは…

宇宙への関心と無心三昧の境地

宇宙の始まりから終末にまで、なぜ多くの人が関心をもつのでしょう。 もう消滅したかもしれない星の光に、なぜ関心を払うのでしょう。 それは、私たちとつながっているからに他なりません。 いま、ここ、という限定された時空に、私たちはいます。 生まれて…

感情とのつきあい、感情から読み解く

私たち日本人は、信仰に対してというよりは、道、作法、型、仕組み、心のあり様などに何かを感じとることから発するのです。 感情などは、私的な、そのときだけのものです。 そうした感情をそのままに出せるのは、私的、つまり、プライベートな関係だけです…

型の継承とルール作り

日本には、ルールの代わりに型があったのです。 それは冠婚葬祭や習い事でゆるやかに継承されています。 とはいえ、時代は変わり、 ルールなしには合意しにくいことが多くなりました。 また、ルールや法によってしか、行動を律せない人も出てきます。 型は、…

仏教の修行

仏教思想もまた、身体を煩悩の宿るところとして精神よりも下にみました。 釈迦は、身体を痛めつけるほどの修業をし、精神的解脱を目指したのです。 それは身体を痛めつけたら解脱できるのでないということですが、 身体を痛めつけての修行で得たのです。そこ…

霊魂、鎮魂の国、日本とボッチャ

ボッチャの日本チームは、火の玉ジャパンというそうです。杉村選手が、金メダルで、一気にポピュラーに、まさにスギムライジングです。ペタンクはやったことがありますが、これは知らなかったので、調べると二万円くらいで揃えられそうです。どなたかやって…

生きること自体が主体性

東京都が、若者向けのコロナワクチン接種会場を渋谷に設置したところ、午前7時半に受付が終了しました。批判を受け、翌日は変更して、現地抽選としたところ、さらなる批判も当然ですが、行くほうも、、です。抽選券を現地で配布するというので、6倍の人が集…

「問う力」

人間の感動は、具象的なものです。 ある現象に出会い、そこで何だ!と問うところに生じます。 問う力は、想像力につながります。 アイデアの創出と同じく、さまざまな経験からの組み合わせです。 それは、目の前のことをどう処理するのかを考えるのに 必要な…

「理論の限界」

科学や学問は、物事を抽象化し、モデル化します。それが、現象に当てはまれば理論として成立します。とはいえ、理論は、いくつかの共通事項の抽象にすぎず、万能ではないのです。何にでも当てはまるものではありません。

「生身と外部化」

脳化が進み、身体の外部化での接触が進むのが、文明といえるかもしれません。ことばの始まりから、テクノロジーの発達で、身体感覚は、延長しバーチャル化していくのです。それに従って、生身で触れることを避けるようになっていきます。プライバシーの尊重…

「経験と主体性」

体験というのは、選択ではありません。それを選択することで主体性が得られるわけではないのです。しかし、多くの人は、そう思うようになってきています。自分で選んで経験してみることと主体性とは、別のものです。

「法の外の芸」☆

法は、道徳ではありません。統括の手段にすぎませんから、絶対なものではないのです。 私たちが説明がつかないのを残し続けていることをみるとよいでしょう。芸や祭や宗教的なこともそれに含まれます。これらは本来、法の外のものです。人は、本来、法に納ま…

「表現と公共性」☆ 

正義の守護者として、公の理を守ろうとする人が少なくなっています。反体制活動としての表現の力もなくなりつつあります。 公共性とは、皆に関わりうることを皆に訴えるような表現です。一個人の不快感に公共性はないのです。 ゾーニングによっての制限は、…

「キャラ本位」

作品も、それ自体の価値ではなく、アーティストのキャラでプロモーションするようになりつつあります。実のところ、私たちはキャラを消費することになっているのです。

「多次元な自己と人間関係」☆ 

今は、全人格的にすべてを誰かとシェアできる人間関係、ある意味で、親密かつ共犯的な関係は、結びにくくなりつつあります。 自分自身も多次元化し、多様に役割を演じることを求められ、周りとの関係も多様に変化せざるを得ないからです。 そして、相手もそ…

「バランスのとり方」

他人とうまく接していくことと自分の内省から出てくる本音とのバランスのとり方は、難しいものです。 常識とされていることを疑うことが大切です。それは、誰かに都合よく、そうでない人に不利であることが多いからです。 それでも、必要に応じて自ら常に修…

「カルトの見分け方」

批判ができず、他に開かれていない生活で、忠誠が求められ、懲罰が正統化されるとなり、そこで非同調、不参加が背反行為、裏切りとなるなら、カルトと思われます。 それは、誰かが自分に依存させるために使うのです。思考の自由を奪います。 自発性、考え方…

「グノーシスとカルト」

グノーシスとは、知識や認識のことで、グノーシス主義とは、啓示で与えてくれる知識で救われるとします。そのため、「信じること」も「考えること」も必要ないのです。 教えられる信仰や考えるという理性よりも上に「霊感で得る知識」があるわけです。となる…

「霊性」

現実の複雑さに立ち向かえない状態になってしまうと、誰もが目指したくなるのが、スピリチュアルな世界です。霊性というと、気高いようにも感じられるのです。 ちなみに、超能力は、生命体の衰弱の一表現形態として現れることもあります。

「夢」

なぜ、夢には、突っ込めないのでしょう。起きたら、すぐにツッコミどころ満載だったなということをしているのに。すぐに忘れていくのも不思議ですね。 夢は、一人の経験ですから、同じ夢を同時にみた人でもいなければ、現実ではないとわかります。つまり、共…

「公的と私的」

公的とは、「公のため、他人のための無償の贈与」(カント)といいます。自分の地位から離れて対することです。職務を無批判に全うするのは、私的なこととみなされるべきです。

「自由と済民」

経済は、「経世済民」の略ですが、それはPolitical Economyであり、政治を含む国民経済だったのです。「人民は政府の主客」(福澤諭吉)でした。 そこから、私たちは職業や居住地の自由、家の解体、婚姻の自由とともに、消費の自由を手にしていったといえま…

「もののあわれ」

日本人の感性のベースである「もののあわれ」は、永遠の根源(無)への思慕です。ものごとにおいて性急かつ無理に意味をみつけようと焦らないようにしましょう。自然を大きくみたら大自然に触れたら自ずとうまくいくものです。

「意味と世界観」

世界と自分との結びつきの感覚をもち続けることは大切ですが、それが極端にならないように用心することです。 自分で意味を与えようとしたときには、人はそれを真理として固定させて世界観をつくり出します。すると、何かを無条件に信じるようになってしまう…

「日本人論」

院政、摂政政治、家(イエ)というのは、空気が支配するため、明確な意思表示はなされません。 女性が公的な場に出入りしていたし、日本にはハーレムがない、父系ではないといえましょう。 風が吹く(吹いた) 付和雷同 by the way~の後は、本論ではなく余…

「日本は森林大国」

日本の森林は、国土の60%、山地が70%、降水量2,000ミリで、険しくて住めないのです。それゆえ、開発されず残っているのです。つまり、日本では、農業で安住したのではなかったということです。 定住すると、土器や墓がつくられます。それが縄文時代にも残っ…