fukugen(福言):出会い気づき変わるためのヒント

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AI時代は天国か地獄か(4) 本当の危険はAIを使う権力

◯AI時代は天国か地獄か(4) 本当の危険はAIを使う権力

 

 AIの危険性を考えるとき、仕事を奪われることばかりを心配してはいけません。

より大きな問題は、AIによって管理する力が飛躍的に強くなることです。


    カメラ、顔認証、位置情報、通信記録、購買履歴などをAIで統合すれば、

人間の行動を非常に細かく把握できます。


  これは犯罪防止や医療、交通、防災などに役立つ一方、

政治的監視や思想統制にも利用できます。


  さらにAIが国家や企業にとっての最適解を提示するようになれば、

効率がよいからという理由で、人間には受け入れにくい政策が採用される危険もあります。


 国家にとって利益になるから、人間を管理する。
企業にとって効率的だから、人間を選別する。

 

  こうした考えがAIによって正当化されることが最も恐ろしいのです。


AIに最適化を任せることと人間の尊厳をAIに委ねることは違います。


効率よりも自由を国益よりも人間の尊厳を優先しなければならない領域があります。

 

 

AI時代は天国か地獄か(3) AI時代には労働より所有が重要

◯AI時代は天国か地獄か(3) AI時代には労働より所有が重要

 

 これまでの社会では、能力を身につけて働き、その対価として給料を得ることが

生活の基本でした。

 

 しかし、AIとロボットが人間より安く、速く、長時間働けるようになると、

この仕組みそのものが揺らぎます。


そこで重要になるのが何を所有しているかです。


  AI企業、ロボット企業、半導体、データセンター、エネルギー、

知的財産、土地、そしてそれらの株式など、AI時代の生産手段を持つ者は、

機械の普及によって利益を得やすくなります。


 反対に、自分の労働力しか持っていない人は、機械との競争にさらされます。

 

 これからは、単に仕事を持つだけではなく、

価値を生む資産を持つことが重要になります。


  資本だけではありません。専門技能、経験、信用、人間関係、創造力、

現場対応力なども、AI時代には重要な資産になります。
 

 働く人から価値を持つ人へ、
この変化を理解できるかどうかが、

個人の生存戦略を左右するでしょう。

 

 

AI時代は天国か地獄か(2) 労働から解放されても豊かさは分配されない

◯AI時代は天国か地獄か(2) 労働から解放されても豊かさは分配されない

 

 AIとロボットの最大の可能性は、人間が生きるために行ってきた大量の労働を機械に移せることです。農業、製造、物流、建設、事務、研究、教育、介護など、多くの分野で生産性が上がれば、人間一人あたりの負担は小さくできます。
これはマスクが描く未来の核心です。


  しかし、生産力が増えることと、人間が豊かになることは別問題です。ロボットが二十四時間働いても、そのロボットを所有している企業や株主に利益が集中すれば、労働者の生活が自動的に豊かになるわけではありません。


仕事を減らすだけなら、それは解放ではなく失業にもなります。


  人間が働かなくても生きられる社会を実現するには、機械が生み出した富をどう社会に戻すのかという仕組みが必要です。


つまり、AI時代の最初の問題は、技術ではなく分配なのです。

 

 

AI時代は天国か地獄か(1) マスクとゲイツの未来論

◯AI時代は天国か地獄か(1) マスクとゲイツの未来論

 イーロン・マスクとビル・ゲイツは、AIとロボットが社会を大きく変えるという点では共通しています。しかし、その未来像は対照的です。

 マスクは、AIとロボットによって人間が労働から解放され、必要なものが安価に生産されるポスト希少性社会を描きます。仕事は生きるための義務ではなく、趣味として行うものになり、ベーシックインカムを超えた豊かさが実現するという見方です。

 一方、ゲイツは、AIによる富の集中、雇用の崩壊、格差の拡大、さらに兵器やサイバー攻撃の低コスト化を警戒します。


  AIとロボットは、社会全体の生産力を大きく高めます。しかし、そこで生まれた富を誰が所有し、誰が分配するのかによって、結果はまったく変わります。ある国では人間が労働から解放され、別の国ではAIによる監視と格差が強まるかもしれません。
    未来を決めるのは、AIの性能だけではありません。AIを所有し、管理し、社会に組み込む人間と制度です。

 

 実はイーロン・マスクは、AIがもたらす明るい未来を語る一方で、AIによって人類が滅びる可能性についても、10~20%程度あると述べています。

一方で、AIによって人類にとって非常に良い結果になる可能性については、80~90%程度としています。

つまりマスクは、大きな豊かさや生産性の向上をもたらす可能性が高いと考えながらも、同時に、人類の存続そのものを脅かすリスクも無視できないほどある、と見ているのです。AIの開発を推進する側の中心人物が、これほど大きな破滅の可能性を自ら認めていることは、無視できないことでしょう。

 

国内情勢 長期金利上昇で変わるものー低金利時代の終わり

国内情勢 長期金利上昇で変わるものー低金利時代の終わり

 

◯悪性の金利上昇リスク

 金利上昇が経済成長や企業業績の拡大に伴う良性のものであれば、市場はこれを吸収できます。しかし、インフレ懸念や膨大な国債発行に伴う財政不信が背景にある場合、金利上昇と通貨安(円安)が同時に進行する悪性の金利上昇のリスクが高まります。この場合、政府・企業・家計のすべてにおいてコスト負担のみが先行することになります。

 

◯資金効率(ROI)へのシフトと二極化

 低金利時代には低利で資金を借り入れ、平均的な利回りで運用するレバレッジ手法が有効でした。しかし、借入金利が運用利回りを上回る逆ざやが生じる環境では、その借金がどれだけの収益を生み出せるか(資金効率)が死活問題となります。

 

 企業: 価格転嫁力があり手元資金が豊富な企業は生き残る一方、低金利に依存してきた過剰債務企業(ゾンビ企業)の淘汰が進みます。

 将来利益の discounted value(現在価値)が下がるため、高PERの成長株には逆風となる一方、銀行や保険などの金融業には追い風となります。

 

 不動産: 変動金利での調達コスト増により、物件価格には下落圧力がかかります。立地や賃料収入の強い物件と郊外や老朽化物件との二極化がさらに顕著になるでしょう。

 

 

◯政府財政の圧迫と政策の制約

 満期を迎えた国債が高金利で借り換えられることで、政府の利払い費は増加します。

これにより、社会保障、教育、防衛、公共事業といった主要政策に使われている財源が

圧迫され、財政運営は硬直化します。

 

◯資産運用と家計の転換

 預金や国債に一定の利回りが戻る一方、

現金をそのまま保有することは、インフレや機会損失で不利になります。

住宅ローンの返済負担増など、家計管理における金利リスクへの対応が不可欠です。

 

 

  今後数年、日本経済は、デフレ・超低金利に適応していた構造をリセットする過渡期となりそうです。高金利状態が持続すると、真に価値や収益を生み出せる主体のみが淘汰され、

生き残る時代へ移行していくでしょう。

国際情勢 多極化時代、右派ナショナリズムとグローバル地政学

◯国際情勢 多極化時代、右派ナショナリズムとグローバル地政学

 

 現在の世界情勢は、従来の英米主導の国際秩序やグローバリズムが後退し、

自国優先主義、ナショナリズムと実利主義に基づく多極化へ移行する

大きな過渡期です。

 

 各国の国内不満・経済的困窮・安全保障上の実利が連鎖した結果として、

世界的な保守化・右傾化が進んでいます。

 

◯中南米:左右の振り子運動と多極化への影響

 中南米政治は親米・右派と反米・左派の間で激しく動揺。

ブラジルなどで右派が台頭すれば、BRICS内の反米色が薄まる一方、

左派政権下では多極外交が推進されます。国内の治安や経済問題が主な要因です。

ベネズエラやキューバの不振は、長年の自国政策の不全や制裁の影響です。

 

◯アメリカ・イスラエル:自国優先主義と生存のリアリズム

 共和党(トランプ派)の米州第一主義と民主党の国際協調主義の争いは、

米国内の深刻な分断を反映しています。

 イスラエルのネタニヤフ政権の対中東戦略(対イラン包囲網など)は、

厳しい安全保障環境における生存戦略ですが、孤立化を進めています。

 

◯BRICS主要国の実利外交(インド・ロシア・中国)

 インドは、伝統的な非同盟を軸に、イスラエルからの防衛技術導入と

ロシアからの安価な石油調達を両立する実利外交を展開しています。

 ロシアや中国は、中東における米国の影響力低下に乗じて

自国の覇権拡大を図っています。

 

◯欧州の右傾化とウクライナ情勢

 フランス(国民連合)やドイツ(AfD)などの右派・極右の伸長は、

移民問題・脱炭素政策への反発・インフレという自国の構造問題に起因しています。

これらの勢力が台頭した場合、自国経済の防衛を優先して

対露制裁やウクライナ支援の見直しが進み、

エネルギー関係の再構築や停戦交渉へ向かうでしょう。

 

◯日本のスタンス:楽観を排した自主防衛へ

 日本政治の保守化・右傾化は、厳しさを増す東アジアの安全保障環境に

対応するための現実的な政策変化です。

 米国の関与が不透明になる多極化時代において、

単に親米・親イスラエル陣営にいれば安全とする楽観論は危険であり、

主体的かつ柔軟な外交・防衛エコシステムの構築が不可欠となります。

 

 

 世界を動かしているのは、各国の国内分断と冷徹な国益の追求です。

今、日本に求められるのは、特定勢力や陣営への依存を避け、

ナショナリズム再燃のなかで自国の防衛力と経済自律性を

いかに高めるかというリアリズムに立った舵取りでしょう。

 

 

高校ダンス部の芸術性(2)競技から芸術へ

 

高校ダンス部の芸術性(2)競技から芸術へ

 

 今回の高校ダンス部、目黒日大の表現は、技術、体力、振付、集団の統率という面で高度化しています。ダブル優勝の両作品は、その到達点を考えるうえで、特に印象的でした。

 

 競技会では、制限時間、人数、構成、技術的な精度、審査基準など、一定の条件のなかで完成度を高めることが求められます。その条件に適応し、審査員や観客に強い印象を与えることです。

 しかし、アートの価値は、動きの一つひとつに実感があるか、表現が型にはまっていないか、音楽と身体の関係に独自の発見があるか、作品が人間の複雑な感情を伝えているか。こうした点を問われます。

 

 難しい振付を正確に再現する能力と身体からしぜんに表現が生まれる能力は、同じではありません。踊り手自身が表現の意味を理解し、自分の身体で必然性を持って示せるかどうかが、作品の深さとなります。

 技術を見せること自体が目的になれば、踊り手の存在が見えなくなることもあります。反対に感情を前面に出しても、それを支える身体の技術や構成が不足すれば、表現は観客に届きません。技術と感情、個性と統一、規律と自由。これらの要素をどう結びつけるかが、ダンスの芸術性を高める鍵になります。

 

 集団のなかで動きをそろえることは、個性を消すことではありません。全体の秩序を保ちながら、一人ひとりの身体が生きていること、その両立によってのみ集団表現は統一から芸術へと進んでいきます。

 

 目黒日大が掲げた解放というテーマは、この問題ともつながります。集団に合わせることと、自分自身を表現することは、必ずしも対立するものではありません。個人が自分の意思を持ち、他者との関係を通して一つの作品をつくる。その過程そのものが、集団のなかで個性を生かすことの意味を示しています。

 

 私は、高校生のダンスは、芸術教育として大きな可能性を持っていることに気づかされました。身体を通して自分を知り、仲間と協力し、社会や人間について考え、それを作品として他者に伝える。舞台で観客の視線を受け止め、練習で積み上げたものを演技に結実させる経験は、表現者。あるいは人間、個人としての自立にもつながります。

 今回の放映を見て、高校ダンス部の表現力が、単にプロに近い技術を身につけることや観客を楽しませることだけでは捉えられない段階に進んでいることに驚きから感動に至ったわけです。

 これからの高校ダンスに求められるのは、技術をさらに高度化させることだけではありません。磨いた技術を通して、どこまで人間や社会を表現できるか。踊り手自身が何を感じ、何を発見し、どのような必然性を持って身体を動かしているのか。その問いを深めることで芸術的な深さへとつながっていくでしょう。

 

 一方で、けっこう印象的だったのは。3位の葛飾野高校ダンス部「フレディ40人の物語」でした。このテーマ、前に「30人の、、」もありましたが、高校生ならではの魅力があふれていて、好感がもてました。

 高校生だからこそ表現できるものがある一方、高校生という年齢を理由に、表現の可能性を狭める必要もありません。大人が期待する高校生らしさを押しつけることは、表現の可能性を縛ります。若い人たちの表現が予想を超えたからといって、そぐわないと退ける必要はありません。芸術を生み出すのに、高校生が若すぎるということはないのです。

 

 このように若い表現者が自分たちで考え、身体を使い、仲間とともに新しい作品をつくり出すことを尊重し応援したいと思います。