fukugen(福言):出会い気づき変わるためのヒント

「モチベートがかからない」とか「やる気がでない」という質問をよく受けます。私は、人との出会いや映画、音楽、本などに救われてきました。なかでも、人のことばは、大きな意味をもちました。これからは、そういうことを思い返しながら、生きていくのに基礎となった一般教養や歴史、データなどのピースを散りばめていきます。ご興味があれば、そこからググってください。あなたがこの社会と結びつき、生きていくエネルギーとなるのに、少しでもお役立ちできたらうれしいです。[2021/08]

中国のシステム ロシア ウクライナ危機

中国の台湾侵攻が懸念されていますが、

ロシアもウクライナを伺って、緊張が高まっています。

2008年の北京オリンピックで、プーチン大統領が開会式に出た当日、ロシアはジョージア北部の南オセチアに侵攻しました。その後2014年3月、ウクライナに侵攻しクリミア半島を併合しました。この2カ国は、バルト3国と違って、NATOに加盟できなかったのです。ただしクリミアは、2014年3月にウクライナから独立宣言し、しかも住民投票で9割がロシアの編入に賛成していたのです。ちなみにウクライナ東部のルガンスクとドネツクは、親ロシアです。でもロシアとしては、NATOが東に広がらないのであれば、併合したいわけでもないように思われます。

 

「香港ディアスポラ〜ロンドン移民たちの1年」という番組で、イギリスに逃げた香港からの移民も、今や中国の影響で大変なことになっている様子でした。

 

〇中国の管理システムと信用 

中国では、国民全員の個人情報を信用情報として管理できるようにしています。

個人の生活から資産、学歴、職歴、車、住宅、交友関係までがデータとなり、信用のポイント化がされています。中国でもっとも欠けていたのが、信用だったからです。

 

〇安全と愛国心 

中国では、治安維持費が上がっていて、その伸びは、国防費よりも顕著です。

それは、ITによって管理され、サイバー万里の長城、グレートファイヤーウォールGFWと呼ばれています。

こういうシステムは、非常事態には大きな役割を果たします。

プライバシーとの兼ね合いについては、いろんな問題がありますが、安心安全とある程度の自由が保障されると、そうでなかった人たちは十分に受け入れ満足するものです。そのため、その改革は、次の世代に持ち越されます。

以前よりも安全に、豊かになったことで、若者も愛国心をもち、支持しているようです。経済的な成長というのは、とてもわかりやすいし、力を持つのです。

 

ロシアや中国を敵対視するのは、アメリカどっぷりの見方で、日本の報道もひどいバイアスがかかっています。そこからの自立は、これからの日本の重要テーマです。いつまで、アメリカを理想視するのか、反面教師としてアメリカの歴史を学んでみましょう。

 

◯ロシアとアメリ

人口千人あたりの乳幼児死亡率は、アメリカの方がロシアより高くロシア4.9人に対し、アメリカ5.6人です。10万人あたりの自殺率も、ロシア11.5人に対しアメリカ14.5人。10万人あたりの刑務所収監率もアメリカ655人、ロシア328人。

(エマニュエル・トッドさん、「老人支配国家に明日はない」)819

 

◯中国とアメリ

世界不平等レポート20222によれば、中国は上位10%の富裕層が総資産の68%、上位1%が31%を占有。アメリカがそれぞれ71%と35%ですから、格差としては、ほとんどアメリカと変わらないわけです。そこで「共同富裕」というニューノーマル政策が出てくるのです。

それにしても、中国製造202号、一帯一路、国内外相循環と、はっきりした基本政策を打ち出しています。

新しいなんとかとか、美しいなんとかなど、よくわからないスローガンを掲げるよりは、よいと思います。



 

 

 

起業 IT 明治から150年

バブル期前後の経済を振り返りますと

東京ディズニーランド1983年開園、

アメリカの入国ビザ免除1988年、

1995年1ドル79円、円高ピーク

と日本の経済は、最盛期を迎えていました。

 

〇起業のすすめ 

経済産業省によると、1979年には169万人が起業を希望していましたが、バブル期には178万人、しかし、2012年には84万人にまで減りました。増えているのはシニア起業家です。

GDP 500兆円のうち、個人消費が300兆円ほどあります。

設備投資が100兆円、残りは政府支出と貿易収支となります。

 

〇ITが生むサービス業 

ITでのイノベーションが職を増やすと、

そこで、必ずサービス業での雇用が生まれます。

多くは対面型サービス業です。

コミュニケーションに時間を割くようになるわけです。

 

〇明治からの120年とその後の30年 

明治政府による上からの近代化により、戦後の石油エネルギーからの自動車、家電産業の発展、さらに、重厚長大産業から軽薄短小産業へと、日本人はうまく時代に乗ってきました。

ところが、ITによる知識産業化には乗り遅れました。

これが、団塊の世代後の日本人のビジネス発展の壁となっています。

スーパーコンピューターのホストに固執して、パーソナルコンピューターなどの開発を怠ったせいでもあります。親方日の丸通産省の読み違いともいえます。

その前に、サブカルチャーのような新しい動きを押さえてしまったところが、

大きな差になってしまったのです。

日本を動かす者たち

オミクロンの感染はどこまでいくのでしょうか。NHKニュースの朝の街頭インタビューで、「各々があまり出歩かないのが一番かと思います。」と。

大阪なら、「あっ、おれか」と落とすとこですね。

オミクロン情報は、錯綜していて、もはやよく解りません。潜伏期間が長いとかも。

人類の知性の上を行っているのでしょうね。

自分の免疫力をつけていく、

メンタルとフィジカルの強化あるのみですね。

 

 

さて、今の日本を動かすものたちは、一体何なのでしょう。

 

〇外圧とメディア 

日本での大きな変革は、ほぼ外圧によるものです。今でさえ、メディアは、海外から、日本の何々がおかしいと出ると、トップに取り上げます。日本のニュースを差し置いて、アメリカの大したことのない事件やローカルニュースが先に出ることもよくあります。

アメリカの大統領から、ファーストネームで呼ばれるのが、そんなによいことなんでしょうか

 

〇第三者ではない第三者 

三者委員会、調査委員会などというのは、日本の場合、内輪の仲間で、何らその調査に信頼や結論もないことが、ほとんどです。

 

〇日本のメディアと匿名 

おかしいと思うなら、自社名や自分の名前で意見すればよいのに、日本では署名記事は、まだわずかです。責任をとらなくてすむようにしていますから、全社合意での当たり前なことしか載せられないのです。

 

〇芸人のコメント 

そのくらいのことなら、この情報化社会では、すぐわかることです。議論の場を提供するというメディアならではの役割が果たせていません。

そこで報道番組さえ、意見の言える芸人に奪われているのです。困ったことです。

でもそれもまた本音ではなく、メディアやその後ろにある権力の意向を汲んだものでしょう。

 

〇一貫性 

自分の判断で自分の責任で、自分をさらしてパフォーマンスをするのが芸人です。

そこに一貫性があると、それなりに支持されるようになっていきます。

そういう芸人は、マスメディアに出ません。いや、メディアから駆逐されるのです。

 

まともな文化人が、CM出演や通販番組を拒むのと同じです。

でも日本の国民は、テレビで出ている人を偉いとか凄いと思うのですね。だから影響力を持ちたい人は、なんでも出るわけです。オリンピック選手も監督も。それがマイナーからメジャーにする広告等となるので業界にはプラスというのもわかりますけど、、。



〇主権者、決定権者、権力者

日本の場合、物事を決めているのは、誰なのでしょうか。政治家でも官僚でも学者でもありません。主体性を持って決める人がいないのです。

それは世論とかメディアといわれることもありますが、それこそあいまいで、責任の所在がないわけです。

それにもかかわらず、お上というのがあって、そこに逆らうと、すべての物事はうまく進まなくなります。いろんな組織が束になって、潰しにかかるのです。

 

今の日本が自由に意見と言える民主主義の社会と思わされているのは、

そうでない社会でそれを知って暮らす国民よりも、

真実を知らずに踊らされているのに他なりません。

 

キリスト教の布教に来た宣教師が、この国は泥沼と言ったように、

私たちにとっても、この大地は独り立ちするのを困難にし続けているのです。

(泥沼とは、日本という泥沼の中でいつしか己の信仰をねじ曲げてしまった、という遠藤周作「沈黙」から。ブログに以前、取り上げました)

 

思いやりの限度 フェアネスの概念

大谷翔平選手の高一のときのマントラ図の全体を転載してみます。

以前、これについては、述べたので省略します。
「食事夜7杯朝3杯」に、驚きます。今どき、そんな子はいるのでしょうか。

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(プレジデント新春特別号2022/2/4  p29 運についての特集。原田隆史さんの記事からの引用)

 

〇思いやりと素直さでの服従 

思いやりや素直さを大切にする教育は、尊いものです。

ただし、一つ間違えると、相手に素直に、ということで服従することを押し付けることになりかねません。

アメリカなどでは、子供の頃から自尊感情と公平、正義を教えます。

今になってようやく、日本では考えるべき問題として、こういうことが社会で論じられるようになりつつあります。どちらかというと、ハラスメントの問題から出てきたのでしょう。

 

私にも多々覚えがあります。日本の生活の中で、自分の身内や親しい人と外部の人たちを同じように扱うなどフェアな概念を持ち込むと、どうも受け入れられ難くなるときがあります。

これまで通り、なあなあで流していこうと同調圧力が強く働くのです。今までの慣習に従うのをよし、無難とします。

 

会合などでも、初めて来た人より、これまでの知り合いの人のほうに話題が偏りがちです。そういう人に経緯を説明しつつならよいのですが。

公の場なら、身内の話は切り上げるなり控えて、全員に共通の話題、同じスタンスで共有できる話材を取り上げることでしょう。

パーティーでは、壁の花を作らないように配慮します。はじめての人や慣れていない人をもてなす場でもあります。そういう人に、言葉をかけ話を振って馴染めるようにするのは、ホストや常連のマナーです。

逆の立場になれば、初参でスルーされるような場に、誰がまた行きたいと思うでしょうか。

あえてそこで線をひいたり、マウンティングするような行為さえ見られます。

ですから、日本の場合は、初めて参加した人は、様子見で、あまり発言しなくなります。そこで自己PRなどをすると嫌われかねないからです。

 

新たな改革、変化を起こすようなことは、その必要度や結果の良し悪しにかかわらず、頭から否定されがちです。何かおかしなことをする、裏切り者のように思われかねないわけです。

とことんダメになるまで、できるだけ何も変えたくない保守的な民族の国であることに思い当たるのです。

 

 

 

ホログラム

身体は、何も不調を感じない状態よりも、やや節々に痛みを感じているくらいの方が敏感だったり、新たに生まれ変わるように鍛えられているように思うのです。

鈍いのも鋭いのも一長一短ありますが、

ちょっとした不調を抱えつつ、コンスタントに全体をフォローして歩んでいく状態の方が安定しているようです。

これは、若い人にはわからないだろうなぁ。若いときはそんなことなかったし。

でも部活があったときは、そうだった、体づくり中は、ベストにならない。

頭や心も、そうかもしれませんね。

 

〇体は変わる 

毎日、飲食しては老廃物を出して、人間の体の中身は入れ替わっています。

1年も経つと元の体の原子の98%は消え、7年後には、ほぼ全ての原子が入れ替わっているそうです。

脳は、8割以上が水分なので、毎日、変わっているようなものといえます。

 

〇ホログラムとアカシックレコード 

1万円札の左下に印刷されているのが、ホログラムです。平面なのに立体的に像が見えます。つまり3次元を2次元にして記録しているわけです。

部分が全体の情報を持っているのです。

その発明者ボールは、ノーベル賞を受賞しています。

トフーフトは、このホログラムを量子レベルから宇宙全体まで拡大して、1999年にノーベル物理学賞を受賞しました。

宇宙全部の量子情報が1枚のホログラムに、過去から未来まで全てが記録されています。

これをアカシックレコードといいます。

 

〇非局在性 

因果律で説明できない現象として、量子論の非局在性があります。

遠く離れていても、あるつながりを持っているということです。

アインシュタインが気づき、ベルが証明しました。

どのようにして起こるのかは、わかっていません。

 

それを人生とか人間関係に当てはめて、つながりとか引き寄せと言う人もいます。

こじつけすぎるのもどうかと思うのですが、

そういうことをことばの世界に当てはめてみるのは、おもしろいと思います。

おもしろいのと、信じるのは、全然違うのですけど。

エネルギー

成功法則の科学的証明などに凝っている人がいます。

科学的な根拠は、いろいろともってくることができるでしょうが、

科学的な根拠で成功するわけではないので、私はあまり関心はないのです。

一見遠回りのようですが、基本的なことをきちんと学んだ方が、成功へのプロセスを歩めるように思います。

証明は、自分の人生をもって行っていくものです。

成功とは何かを証明する方が先ではないでしょうか。

でも、それは、人の数だけ答えがあるでしょう。

では、基本的なこととは、なんでしょう。

 

そこからよくわからないので、順次、順不同で。???

 

 

〇エネルギー 

エネルギーは、重さに光の速さを2回かけたものです。体重が重いほど、その人のエネルギーが大きいです。お相撲さんやボクシングのヘビー級の選手を見ればわかると思います。

E=hν Eはエネルギー、hは、プランク定数で、6.6 × 10の34乗、ν(ニュー)が振動数でヘルツです。振動数が大きいほどエネルギーは高いことになります。

 

〇波動

光は、波の性質も持っています。その周波数が高いと紫色に見え、さらに高いのが紫外線です。低いと赤色、さらに低いと赤外線です。音も波、色も波、なにもかも波なのですね。

 

〇宇宙物理学 

2008年、137億年前の宇宙を示す写真が発表されました。この元となる写真を撮影した2人は、2006年のノーベル物理学賞を受賞しました。

そこから宇宙全体のエネルギーのうち、我々が知っているのは、4.6%であり、物質と星などの光というのがわかりました。

23%がダークマターと呼ばれる未知の粒子、

さらに72%はダークエネルギーと呼ばれる全く未知のエネルギーで、

宇宙に物質化していない未来エネルギーがあるところから、

宇宙物理学がブームとなったのです。

ダークエネルギーは、1998年超新星の観測から発見されましたね。

 

これらのどこが基本といわれても、なんとなく、今の私の中で、としか、

いえません、、。

夢を叶える 仲間で癒す

 

〇人目を気にしない 

ロダンの「考える人」は、考えること、思考に苦悩している姿です。

それに対し、日本の「半跏思惟像」は、穏やかな表情です。無心で、解脱を表しています。

 

人目を気にしないと堕落するという緊張の社会と

人目を気にしないままに生きる自由とを考えてみましょう。

 

PTSDと語り合い 

ベトナム戦争の後、飛行機に乗って帰ってきた兵士は、PTSDの症状が重く、治療に長い時間を要しました。しかし、船に乗ってゆっくり帰ってきた兵士は、症状が軽かったそうです。

同じような悲惨な体験でも、辛い思いを共有してきた同士でー体験を語り合うことによって心が癒されていくという例です。

 

〇教育と現実 

戦前の道徳教育まで否定して、平和と民主主義を掲げていったのが、戦後の日本の教育でした。

そして、誰もが何にでもなれる可能性があり、努力してがんばったら、どんなことでも叶うようなことを言われ続けてきたわけです。アメリカンドリームです。

それをそうでなかった人も皆、信じたふりをしていた、その時代は,終わったのでしょう。

 

宝くじの1等賞に当たる可能性は誰にでもあるのです。しかし買わないと当たりません。でも買っても、ほとんど人が当たりません。

買った時点で、その辺のギャンブルよりも割戻し率が低いのですから、国家ぐるみの詐欺とは言いませんが、夢であり、授業料です。

その授業で学べているのならよいと思います。

 

 



芸人の功罪

私は、声優さんなどには、お笑い芸人のレベルのことをマスターしていくようにお勧めしています。歌やダンスなども兼ねていくとさらによいでしょう。

この30年、芸能の世界をリードしてきたのは、紛れもなく、お笑い芸人たち、いえ、お笑い芸人に目標を絞ったアーティストたちだからです。彼らの世であるのは、テレビでの露出度や収入からも明らかですが、もちろん見習うべきなのは、その表現力です。

 

〇芸人ゆえ

ただ、私はそれ以前からずっと持ち上げてきたお笑い芸人を対して、ここのところ、あまり評価をしなくなってもきました。

評価にとらわれてしまうと、芸人でなくなるからこそ、芸人でしょう。

体制に反抗するようなふりをしながら、どんな体制でもそれに応じてうまく生きていくといく、それも芸でもあり、芸人であることとしましょう。

政治家におもねる役人や器用に出世するサラリーマンと変わらなくとも、日本の忖度芸を、日本の芸人ゆえ、まねたこととしましょう。

そうした人間の弱い性を表すのも、芸人、

一方で、強がりまくるのも芸人としてもよいでしょう。

いつの間にか、勢いやテンションだけで、笑いを強要するような安易な芸風に陥ってきています。かつての日本の歌い手のように、形骸化の流れが見えます。

彼らが、そういうことに気づかなくなったのではありません。そうしたタレントどころかセレブ扱いにのっていってしまうのです。

歌の世界と同じで、客が芸で見ないからです。芸の低下を厳しく批判しないからです。

有名人とかテレビに出ていることでちやほやするからです。

それは本当のファンではないのです。

勲章やメジャーなコマーシャルを断るくらいの、気概のある芸人はもういなくなったのでしょうか。

 

〇芸人の資格 

日本の文化面での援助は、名があったり功を成したところに行われます。無名人を助けるのでなく、有名人とのコネクションを作ろうとする思惑が見えます。

本当に必要なのは、才能があっても磨く場や世に出る機会のない人たちです。

歌い手とか役者でも、不器用に一つの世界にしがみつき極めていく人は、案外とまともだと思うのです。しがみつくだけでなく、究めていっているのか、そこが肝心です。

ですから、表に出てこれない芸人に手を差し伸べ続けています。

皆さんも、真の芸を発見し、フォローしてあげるとよいと思うのです。

 

と、ここまできて、お笑い芸人が、芸より笑いをとるのは、当然だろうな、

私も古くなったな、と思い当たるのです。思い当たる分、ましか。

言論の自由と価値  阪神淡路大震災27年

あぶさんドカベン水島新司さん、死去。

阪神淡路大震災、27年前の朝5:47、これが、17:47だったら。

壊れたところ以外の、耐震化は進んでいない。

 

〇ことば、思想、対話 

考えは、ことばにして述べていくしかありません。ことばゆえに限界があります。ことばは、複雑な現実の一面しか説明をできないです。ことばとして、切り取られてしまいます。ことばとならないものは、残されます。声のニュアンス、または沈黙として。

そうして、ことばは、仮説として提示されるのです。仮の説です。

そのことをお互いに知ってこそ、それぞれに考え、対話ができるのです。

 

〇心とことば 

話しことばは、口から出る空気の振動である声から成り立っています。

私たちの心が思っていることを音の波動で出しているのです。

脳からの電気信号が神経を経て、呼吸筋、声帯、口内の器官などを動かして空気を振動、共鳴させて、声を発し、ことばに加工しているのです。

そうしたもとになる振動、原子などと、魂、言霊とは結びついているのです。

 

〇自由と価値の違い 

自分や他人が考えたこと、思ったこと、言ったことなど、どんなことにも、それなりの価値があると考えるのは、民主主義のよいところです。しかし、自由に考えたり行ったりしたことが同じ価値ではありません。全てが価値あることでもありません。そこはとても大切なところです。愚かなこと、馬鹿なこと、価値のないこともたくさん、あります。

価値のないものに対しては価値がないと、示したり教えたりしなくてはいけません。

それを相手を否定するように思って、口に出さないのが、日本人のよくないところです。ことばを否定されると、自分も否定されたように思うのもよくないのです。

この枠組みが、自由や本当の価値づくりを妨げます。

 

〇新旧のものと価値 

新しいことをすれば、価値があるとかオリジナルだと思うのは、錯覚です。

それなら、昔、滅びていったようなことを何でも蘇らせたら、文化ということになります。

滅びたものには滅びただけの価値しかなくなっていたということもあります。

普通に考えたら当然のことです。

 

〇干渉する

どんなことにでも、意見を言ったり干渉したがる人が増えています。

何かあれば、そうした運動に関わろうとする人も少なからずいます。

そういうことしかやることがない人もいます。

そのことで、生きがいを見出して自己満足に陥ったからといって、悪いことではないと思います。

ただ、何を出しても、お互いに、いいねと賛同すると、なおさら、そこが、自己肯定の場になっていきます。

問題は、深まっていくか高まっていくかにあります。

どうでもいいようなこと、余計なことをただ垂れ流すのを、意味あること、ましてヒューマニズムというように思うのなら、おかしいことです。もちろん、人に迷惑をかけることは、慎まなくてはなりません。

 

〇求める 

人は、強いもの、美しいもの、輝くものなどと同じく、怖いもの、危険なものなどを見たいのです。どちらも刺激となります。

ですから、センセーショナルなことや話題になることには食いつきたくなるのです。

それもまた人々の営みであり、社会や歴史を作っていく原動力になることもあります。

でもやはり、価値がないものは、害にしかならないものがあるのです。

そこをきちんと見分けられるようになければなりません。常に向上心を持って勉強するのです。

 

〇文化 

文化というのなら、日本独自のものを評価し、そうでなければ取り上げないようにしてみるのもよいかもしれません。独自とは何かに突き当たるでしょう。

自分についても同じです。自分独自のものを見つけていくのです。

 

結局、では価値ってなんだろうということで堂々巡りしてしまうわけですね。

 

 

 







運気と場の力 ALSという病と映画

◯命の選択

三が日に放映された番組「第30回FNSドキュメンタリー大賞」に選ばれたTSKさんいん中央テレビが制作した『命の選択~ALSとの闘い~』。

ALSをテーマとした映画やドラマは、いくつも作られています。「博士と彼女のセオリー」「ギフト僕がきみに残せるもの」「1万分の1」「サヨナラの代わりに」「アリスのままで」など。

私は、脳梗塞で倒れ左目のまぶたしか動かせなくなってしまった男の自伝を映画化した「潜水服は蝶の夢を見る」、内容もですが、このタイトルが、今でも印象的です。

 

ALS(筋萎縮性側索硬化症)もまた、全身の筋力が急速に衰え、喉の筋肉が弱くなり自発呼吸ができなくなっていきます。そして人工呼吸器を装着するかどうかを自ら決めなければならないときがきます。

つけない選択は死を選ぶことを意味し、つければ手足が動かず声を発することはできなくなっても生き続けるのです。

7割近くの人が、その時点で死を選ぶそうです。この時に選ばなければ、どんなに苦しくても自ら死を選ぶことができなくなるからです。

 

新型コロナウイルスの拡大により、日本、そして世界中が生と死の問題に直面しました。

、ALS患者の嘱託殺人事件が京都で発覚したことも大きかったです。

さらに悪化すると、TLS(閉じ込め 症候群)は、意識は明瞭なのに、総ての筋肉が力を失い、話すことも目を動かすこともできなくなることもあります。

脳死尊厳死の問題、避けては通れないのです。

 

 

◯運気

何年かに1度、これまでの世界を刷新、あるいは新しい世界を代表するような才能を持って活躍する人が出ます。

そういう人が、何らかの仕掛けでバッとでたのか、地道な努力があってしっかりした基盤の上で才能を開花されたか、その後を見ずとも、それが少しずつ見分けられるようになってきたように思います。

そんな人たちが、いきなり脚光浴びるときや本当に良い作品を残すときを身近で見る機会に、私は運よく、恵まれてきたからです。

 

若いときは、世間で名の通った人を身近で見る機会によくよく恵まれました。

そして、自分の周りにいるような人たちが、出世をしていき活躍をしていくのです。

ときには悔しくもあったのですが、歳をとるにつれ嬉しく思うようになってきました。自分のすること、しないことがわかってきたからだと思います。ある意味では、それは、自分が思う、自分のできること、できないことということなのでしょう。

何かを行うために必要なことが見えてきて、その代償を残りの人生で払えるかということにもなってきます。

 

これは、どこの世界でも同じでしょうが、そうでない人はおのずと消えていく、去っていく、諦めたり別のことをやったりしていくわけです。

 

今、私はまわりの80代くらいの人の元気なのことに驚いていますが、元気でなければ会わないのですから、そういうことでもあるのです。コロナ禍もあり、なおさらです。

死にそうな人、病気療養中の人、社会から閉じこもっている人、次に何かを行おうとしないような人とは、接点がないので、そうなるわけです。

 

どちらが良いとか悪いとか、成功だとか失敗だとか、幸福だとか不幸だとか、そんなことは、その人が生涯を終えるまで、わかるものでもありません。生涯を終えてもわからないと思います。まして他人が判断することでもないでしょう。

 

かろうじて言えるのは、まわりが運がいいということは、きっと私も運がいいということです。私のいるところに運気があるということです。

運は伝染するものです。それは、私の力でなく、場の力です。そこから私も力を得ていると思うのです。