◯差別と区別を区別すること
こういう問題が、すぐジェンダーに結び付けられ、差別のように受け取られ、論じにくくなりました。
何もかも、異なることを差別とし、区別までなくして、同じように扱おうとしているようです。差別と区別を区別することです。
ですから、かつてのいろんな当たり前のことさえ問題となり、無理が来るわけです。
人種の問題でさえ解決していないのですから、性の問題が複雑で取り扱いが難しいのは、よくわかります。
男性にも女性性はあり、女性にも男性性のあることは、理解されてきたというのに、それゆえでもあるのです。
女性性を自認する男性が、女子トイレや女風呂に入る?
法律がどうなろうと、そんなことは、論議するのも、愚かなことでしょう。
結論も変わるわけがないでしょう。
岸田政権は、アメリカのいうこと、つまり、アメリカや大企業の儲かることに関しては、すごく急いで、実行しようとします。バイデン大統領の手柄にされて、何一つ、言わない、あざといです。
あたかもあらゆる区別をなくすることでよくなると、信じている人たちは、区別すべきものを区別しなければ、大変なことになる、本人にも、とても不利になるかもしれないということを想像することです。
人間の感情も身体も生理的なものです。性に限らず、持って生まれたものに限定されることはあります。全てが自由になるなどということありません。
人間も生まれて死んでいく、そうした運命の下に生かされているものです。
いわれのない差別は、許されるものではありませんが、明らかな区別を無視することは、むしろ差別以上に問題を大きくしかねないのです。