fukugen(福言):出会い気づき変わるためのヒント

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この時代の豊かさ(1) 現代社会の豊かさを見直す

◯この時代の豊かさ(1) 現代社会の豊かさを見直す

 

 たまには、この時代、今現在をポジティブに見ていきたいと思います。

今の暮らしが、どれほど恵まれているのかを歴史的に捉えてみたいと思います。

 

 私たちが治安のよい社会で、衣食住に困らず、この程度の自由と娯楽をもってでも

暮らせているのは、先人たちが長い時間をかけて

社会制度や技術を築いてくれた結果です。

 

 これは主観や感情的な話ではなく、歴史統計によっても証明できます。

 わずか100年、200年前と比較するだけでも、

人類の生活水準は、指数関数的に向上しています。

 

 たとえば、17世紀から18世紀にかけて、

ヨーロッパを支配した絶対君主や江戸時代の将軍でも、

現代の平均的な市民が享受している快適さや利便性には、はるかに及びません。

 私たちは、歴史上の、どの王侯貴族よりも贅沢な時代を生きているのです。

 

戦後レジームからの脱却(6)〜帝国主義への回帰か

◯ 戦後レジームからの脱却(6)〜帝国主義への回帰か

 

  現状、世界の動きが帝国主義への回帰か、についてです。

 かつての帝国主義が領土拡張を目的としたのに対し、現代の覇権争いはルール形成(経済・技術・サイバー)と軍事的抑止力のネットワーク化が主戦場です。

 

 モンロー主義の変質やアメリカの対外介入(ソレイマニ殺害等)は、力による現状変更を厭わない覇権主義そのものです。

 日本が戦後レジームを脱し、安保法制や防衛費倍増(GDP比2%)へと突き進む姿は、このアメリカの覇権戦略を補完するサブ・インペリアル(副帝国)的な役割を自ら引き受けているようにも映ります。

 

 しかし、日本政府の立場は、法の支配に基づく国際秩序を守るための貢献です。力による現状変更を試みる勢力に対し、日米同盟を基軸に多国間の枠組み(QUADなど)を構築することは、帝国主義への回帰ではなく、自由主義的な国際秩序を維持するための現実主義であると説明するのです。

 

 結局のところ、脱却が向かう先が、平和を維持するための責任ある大国化なのか、それとも再び軍事対立の渦中に身を投じる危うい道なのかは、日本の外交選択に委ねられていますが、そこもアメリカに支配されているのは、暗黙の了解でしょう。

 

 

戦後レジームからの脱却(5)〜この理念への評価と日米関係の再定義

◯ 戦後レジームからの脱却(5)〜この理念への評価と日米関係の再定義

 

  この理念は、日本の世論を二分しています。

 肯定派は、冷戦後の厳しい安全保障環境(中国の軍拡、北朝鮮の核開発)において、日本が普通の国として自立し、国際社会でリーダーシップを発揮するために不可欠なプロセスだと主張します。実際に、安倍外交は、地球儀を俯瞰する外交として国際的に高く評価されました。

 否定派は、これが平和憲法を形骸化させ、立憲主義を軽視する動きであると批判します。特に、国会での強行採決や官邸主導の意思決定は、戦後民主主義の手続きに対する挑戦と受け止めました。

 私自身は、このブログに述べたように、外交を評価し、内政を批判してきたのです。

 

 戦後レジームの生みの親であるアメリカから自立しようとする動きは、本来、アメリカへの依存を減らすはずなのに、現実には、中国の脅威に対抗するため、アメリカ軍との一体運用が進みました。

 まさに安倍政権の一次から二次に変貌した点です。

 

 真の独立を目指したはずが、結果として、日アメリカ軍事一体化という形で結実した点は、この理念が持つパラドックスでしょう。

戦後レジームからの脱却(4)〜教育・歴史認識と社会構造

 

◯ 戦後レジームからの脱却(4)〜教育・歴史認識と社会構造

  教育分野では、1947年制定の教育基本法を、2006年に初めて改正しました。旧法が個人の尊厳を重視したのに対し、新法は、公共の精神や伝統と文化の尊重、わが国と郷土を愛する態度(愛国心)を明記しました。

 これは、GHQによる墨塗り教科書からの戦後教育が、国家観を欠落させたと考える保守層の悲願でした。

 

 歴史認識においても、自虐史観からの脱却が唱えられました。1995年の村山談話などが認めた日本の侵略行為や植民地支配への謝罪を、未来永劫続けるべきではないという考えです。2015年の戦後70年談話では、侵略や反省の言葉を盛り込みつつも、次世代に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならないと述べ、区切りを付けようとしました。

 

 経済面では、アベノミクスが戦後的な護送船団方式や縮小均衡からの脱却を標榜しました。大胆な金融緩和によりデフレ脱却をめざしました。とはいえ、結果として格差の拡大や実質賃金の伸び悩みといった課題も生じています。教育・歴史・経済の全方位において、日本を取り戻すというスローガンが、この運動の推進力となりました。

 

 

戦後レジームからの脱却(3)〜安全保障と日米関係の変化

 

◯ 戦後レジームからの脱却(3)〜安全保障と日米関係の変化

  安保面での脱却は、対等な日米同盟への転換を意味します。戦後日本は吉田ドクトリンのもと、軽軍備・経済重視を貫き、防衛をアメリカに委ねてきました。しかし、安倍氏は、日本が応分の負担と役割を果たす双務的な関係への移行を急ぎました。

 その成果が、2015年の平和安全法制(安保法制)です。これにより、憲法解釈を変更して限定的な集団的自衛権の行使を容認しました。アメリカの艦船が攻撃された際に日本が守ることを可能にし、同盟の抑止力を高めたのです。従来の専守防衛の枠組みを大きく広げるものでした。

 

 冷戦後のアメリカは、中国への対抗策として、日本の軍事的なプレゼンス向上を期待しました。オバマ政権のリバランス政策からトランプ政権の自由で開かれたインド太平洋(FOIP)構想に至るまで、日本は、単なる基地提供国から戦略的パートナーへと変貌を遂げました。これは対米自立をめざしながら、実態として、対米一体化を加速させたともいえるのです。

 

戦後レジームからの脱却(2)〜憲法改正問題

◯ 戦後レジームからの脱却(2)〜憲法改正問題

  憲法改正は、この脱却を象徴するゴールです。

現行憲法は制定以来一度も改正されておらず、

安倍氏は、これを占領軍の押し付け憲法と批判しました。

 

 議論の柱は、大きく3つです。現実との乖離が問題です。

 

 第一に、自衛隊です。第9条の条文を維持しつつ自衛隊を書き加えることで、憲法学者らの間で根強い自衛隊違憲論に終止符を打ち、隊員が誇りを持てる環境をつくることを目指しました。

 第二に、緊急事態条項です。大規模災害や武力攻撃事態において、内閣の権限を一時的に強化し、私権を制限して国民の命を守る法的根拠を設ける提案です。

 第三に、第96条の改正です。衆参各院の3分の2という高い発議ハードルを過半数に下げ、改正を容易にしようとしましたが、これには立憲主義の破壊との強い批判を浴びました。

 

 安倍政権下では、2007年に改正の手続きを定める国民投票法を成立させ、外堀を埋める作業を進めました。しかし、世論の慎重姿勢や公明党との調整難もあり、在任中の発議には至りませんでした。

 これは、制度としてのレジームを崩すことの難しさを示しています。

 

井の頭公園

 

戦後レジームからの脱却(1)〜戦後レジームとは何か

◯ 戦後レジームからの脱却(1)〜戦後レジームとは何か

 

 戦後レジーム、この言葉を安倍晋三氏が公約に掲げたのは、2006年の第1次政権発足時でした。これは、敗戦後の占領下でつくられた憲法を頂点とした行政機構、教育、経済、軍事、外交の仕組み全般を指します。

 安倍氏の主張の根拠は、これらが日本人の手によるものではないという点にあります。1952年のサンフランシスコ平和条約発効までの占領期に、GHQの主導で導入された価値観や制度が固定化され、日本人の精神的な自立を妨げているということです。

 特に、憲法9条による軍事的制約と、それに伴う対米依存を、主権国家としての不完全さと見なしました。これは、その通りなのです。

 

 しかし、このレジームこそが、日本に未曾有の平和と高度経済成長をもたらした成功の枠組みでもあった、だからこそ、動かなかったともいえるのです。

 したがって、戦後レジームからの脱却とは単なる制度改正ではなく、戦後日本が歩んできた歩みそのものをどう再定義するかという、国家のアイデンティティを問う試みだったのです。