<前橋市長選では、辞職した無所属前職の小川晶氏(43)が再出馬し、6万2893票を獲得して再選を果たしました。自民党の国会議員らが支援した無所属新人の丸山彬氏(40)は5万2706票。保守層の支持が小川氏と丸山氏で割れたことが、自民系候補の敗因。2024年の前回市長選でも自民推薦の現職が敗れ、自民党にとって手痛い2連敗となっています。>
自民党の見識と実行力のなさ、保守王国、群馬でさえ、再出馬に負ける、しかも、実績で。女性の方が政治も向いていそうですね。
現在、82歳のカトリーヌ・ドヌーヴは、2018年、作家や学者ら約100人と連名で公開書簡を発表し、MeToo運動が「魔女狩り」や表現の自由の萎縮につながる危険性を指摘しました。ブリジット・バルドーも、告発の広がりに否定的な発言をしました。いずれも性暴力そのものを容認しているわけではなく、運動の方法論や社会的影響に異議を唱えているのです。
日本では、フランスからの報道はありましたが、あとはわずか。
林真理子さん、告発が感情的・一方的に広がることへの懸念や、私的領域への過度な介入を問題視する発言。上野千鶴子さんは、無制限な告発やSNS上の糾弾文化には慎重な立場を示し、運動の粗雑化批判、三浦瑠麗さん、告発の正当性と手続きの公正さを分けて考える必要性を指摘し、同調圧力への疑問を呈してきました。そのくらいです。論理的に、あるいは、感情に流されない視野をもち、発言できないお国でさらなる同調圧力が強まりつつあることを懸念せざるをえません。和して動ぜずでありたいものです。
◯ブリジット・バルドー(Brigitte Bardot)逝去
「B.B.」フランス、サントロペの自宅で生涯を閉じました。昨年12/28、91歳。
<ブリジット・バルドーは、1950〜60年代のフランスの女優、映画スターを超えて、女性の自由や身体の解放を象徴する存在であった。日本においても彼女は「B.B.」の愛称で広く知られ、多大な影響を与えた。>
バルドーは自らの欲望を隠さず、自ら選択する主体として行動した人でした。日本の女優、当時の若尾文子や浅丘ルリ子は官能性や自立性を備えていたものの、その欲望は内面化され、最終的には社会規範の中に回収された。日本社会における女性像が、耐える、尽くすといった美徳に縛られていたからです。バルドーは、日本の女優がなり得なかった、なることを許されなかった女性像を体現したのです。
日本の映画や文化への影響では、女性の身体表現に大きな転換をもたらしたといえます。1960年代後半以降の前衛映画や日活ロマンポルノに見られる女性像には、その影響が反映されていました。日本映画においては、女性の自由や官能は、罪、破滅と結びつけられてきました。いわゆる自由の代償です。しかし、フランス映画では、バルドーは、生き方として肯定的に描かれました。
谷崎潤一郎や三島由紀夫、谷崎文学における女性は、男性を翻弄するが、沈黙を強いられることが多いのに、バルドーは欲望を言語化し、行動します。三島の理想とした鍛錬された肉体美は、自然体で解放的なバルドーの身体観の対極です。このように、バルドーは日本の美意識や身体観を相対化する存在であったといえます。
当時の日本社会の反応では、男性から理想化される一方、保守的な層からは風紀を乱す存在として批判されました。女性にとっても、憧れと反発の両方を呼び起こし、自由の魅力と危険性を同時に体現していたのです。日本では、バルドーは解放の象徴というより、越えてはならない境界を示す警告として受け止められたわけです。日本の根強い倫理観を浮き出させたのです。 それも今となっては、昭和の残像でしょう。