fukugen(福言):出会い気づき変わるためのヒント

「モチベートがかからない」とか「やる気がでない」という質問をよく受けます。私は、人との出会いや映画、音楽、本などに救われてきました。なかでも、人のことばは、大きな意味をもちました。これからは、そういうことを思い返しながら、生きていくのに基礎となった一般教養や歴史、データなどのピースを散りばめていきます。ご興味があれば、そこからググってください。あなたがこの社会と結びつき、生きていくエネルギーとなるのに、少しでもお役立ちできたらうれしいです。[2021/08]

合気道

合気道は、「天地の“気”に合する道」の意。植芝盛平が大正末期から昭和前期にかけて創始した武道。

 

<理念>「和合」「万有愛護」「和の武道」「争わない武道」「愛の武道」、欧米では「動く禅」

心学(武道)ではなく心法の道

仏教―動く禅、教化道場、護身術、健康法

気の感応、万物一元、而今(にこん)、面受面接

 

盛平の武術は体術と古神道的な宇宙観との融合を進め、「ムスヒ(結び)」による彼我の心身における一体感を土台とした「武産(たけむす)合氣」の境地 呼吸を合わせる「ムスヒ」によって、武が産まれ出(いず)る。「武産合気」(無限なる技を産み出す合気)自分と相手との和合、自分と宇宙との和合。大本教の内部に「大日本武道宣揚会」 提唱する宇宙観や万有愛護の精神性をも表す。本田霊学や言霊学、藤平光一、多田宏、佐々木将人のように、ヨーガを日本に持ち込んだ中村天風(心身統一法、ヨーガ、哲学)の影響あり。宇宙の進化と向上に寄与。

 

<歴史>

1905年、天神真楊流柳生心眼流などの柔術講道館柔道を学ぶ。

1915年、大東流武田惣角に入門し開眼。

1920年大本教教祖、出口王仁三郎に出会い入信。京都の綾部に「植芝塾」道場設立。

1925年、「黄金体験」を経験。「気の妙用」という武道極意と「万有愛護」という精神理念。

1931年、東京牛込に皇武館道場設立。

1940年、財団法人皇武会設立。

1948年、皇武会は「財団法人合気会」文部省の認可。

1954年、日本総合武道大会(長寿会主催)で盛平の弟子・塩田剛三が優勝。「合気道養神館道場」を創設。合気会は吉祥丸本部道場長、藤平光一師範部長で普及。

1969年、盛平死去、吉祥丸が二代目道主。砂泊諴秀、藤平光一、富木謙治らの独立。

1999年、吉祥丸の次男植芝守央が三代目道主。

日本国内100万人、全世界160万人。合気神社 笠間市吉岡

 

<技>技の形態:防御技、返し技「入身(いりみ)」「転換」「円転の理」「脱力」「結び・導き・崩し」

基本技:一教/入身投げ四方投げ小手返し/体の転換/座技呼吸法/二教、三教、四教、五教、天地投げ、回転投げ、呼吸投げ、腰投げ、隅落し、合気投げ

投・極・打(当身)・剣・杖・座技

 

<合気>中国「淮南子(えなんじ)」BC139年に「和合の気」、3C道教の一派、天師道で「合気術」=男女交合の法。明治25年「合気之術」(武骨居士)刊行。「読心術や気合の掛け声をもって相手の先を取る」 

 

合気とは、敵と闘い、敵を破る術ではない。世界を和合させ、人類を一家たらしめる道である。合気道の極意は、己を宇宙の働きと調和させ、己を宇宙そのものと一致させることにある。合気道の極意を会得した者は、宇宙がその腹中にあり、「我は即ち宇宙」なのである。私はそのことを、武を通じて悟った。

 

 敵が、「宇宙そのものである私」と争おうとすることは、宇宙との調和を破ろうとしているのだ。すなわち、私と争おうという気持ちをおこした瞬間に、敵は既に破れているのだ。そこには、速いとか、おそいとかいう、時の長さが全然存在しないのだ。

 

 ではいかにしたら、己の邪気をはらい、心を清くして、宇宙森羅万象の活動と調和することができるか?

 それには、まず神の心を己の心とすることだ。それは上下四方、古往今来、宇宙のすみずみにまでにおよぶ、偉大なる「愛」である。「愛は争わない。」「愛には敵がない。」何ものかを敵とし、何ものかと争う心は、すでに神の心ではないのだ。これと一致しない人間は、宇宙と調和できない。宇宙と調和できない人間の武は、破壊の武であって、真の武産(たけむす:神道の真理の言葉)ではない。

 だから武技を争って、勝ったり負けたりするのは真の武ではない。真の武はいかなる場合にも絶対不敗である。即ち絶対不敗とは絶対に何ものとも争わぬことである。勝つとは己の心の中の「争う心」にうちかつことである。あたえられた自己の使命をなしとげることである。しかし、いかにその理論をむずかしく説いても、それを実行しなければ、その人はただの人間にすぎない。合気道は、これを実行してはじめて偉大な力が加わり、大自然そのものに一致することができるのである。―盛平のことばによる合気道理念『武産合気』13-14頁

 

<主な会派>

合気会:1940年 植芝盛平、二代目道主 植芝吉祥丸 「円転の理」 「我即宇宙」 

合気道養神会:1956年 塩田剛三、「最も大切なのはタイミング」「中心力」

・養正館 (「養正館合気道」):1963年 望月稔、独特の捨て身技を主体とした“合気道

・万生館合氣道:1969年 砂泊諴秀

・日本合気道協会(「昭道館合気道」「富木流」):1974年 富木謙治、柔道出身「離隔態勢における攻防理論」 合気自由乱取り法の創案から合気道の競技化 十七本の形に整理 「移動力」

・心身統一合氣道会:1974年 藤平光一合気会の本部師範部長 1971年に独自に「氣の研究会」「心身統一合氣道」

合気道S.A.:1991年 櫻井文夫

・岩間神信合氣修練会:2004年 斉藤仁

神道自然(じねん)流空手 小西康裕 

・光輪洞合気道(日本光輪会) 平井稔 「体捌き」「腰の回り」「母体武道」

・親和体道 井上鑑(のり)昭(あき)「親和力」 

 

<小説>津本陽著『黄金の天馬』植芝盛平モデル「深淵の色は 佐川幸義伝」(2018年)

火野葦平著『王者の座』天竜三郎をモデル/山田克郎著『王者の庭 合気道 植芝盛平伝』

 

参考文献:Wikipedia、月刊「秘伝」2017.11、2018.10