イメージとしての国家 教科書と領土問題

◯イメージとしての国民国家

情報が共有されるようになると、過去の歴史をその情報で学んだ人々が共通の記憶として持つことができます。共通の認識を持った集団の上で国民国家の建設が成立します。

情報共有を促進したのは、文字、そして紙と本、さらに印刷技術、タイプライターなどの発明、一方で、マスメディアの発達です。

国家は拡大し、帝国主義と植民地支配、その争奪による二度の世界大戦を経て、戦勝国の領土不拡大と切り替わり、その後、植民地の独立と、20世紀に大きな変遷を遂げてきました。

ベネディクト・アンダーソンは、国民国家を「想像の共同体」と呼びました。言語情報のイメージでつくりあげられたからです。吉本隆明共同幻想酒井直樹さんなども関連します。

 

◯教科書問題

そういうことでは、教科書は、次代の世界を知るのに、大きなポイントです。ここで教科書というのは、それぞれの国の歴史の教科書です。その教科書で学んだことで、次の世代の思想に影響するからです。

 

韓国や中国の現在の歴史教科書は、日本人にとって望ましい記述ではありません。

今のロシアの教科書も気になりますね。で、ロシアの高校教科書の近現代史は、明石書店から、世界の教科書シリーズで「ロシアの歴史(下)」で出ています。正教、ロシア主義の回帰がメインで、社会主義当時の正当性などは、もはや触れていないようです。

 

日本の教科書は、明治維新以降ずっと西洋の歴史観で記述されてきました。その後、戦後の自虐的な傾向に歴史修正主義にぶれて、検定の問題が取りだたされてきました。

検定では、政府が望む国民の歴史教育のあり方として、国の指針、文科省の意図がみえます。ただ、最近は国の一方的な意向が通らなくなってきたようです。

戦中戦後まもなくの教育を受けた人は、黒塗りされた教科書などで、所詮、歴史は事実でも真実でもないことを思い知らされてきことでしょう。

といったところで、憲法さえ建前と思う私には、教科書も入門テキストにすぎません。

教科書に接していたときは、試験のためで、それが正しいとも間違えとも思っていませんでしたから、信じているわけでもなく、今もそんなものでよいという感じです。官吏になる人はともかく庶民にとって教科書はそんなものです。小林よしのり氏の漫画の方が影響が大きかったりするのです。

今後、インターネットでの情報が、言語を超えて世界中に普及していくと、第二の教育と幻想の国家建設がなされていきます。それが、どうも、世界平和とか統一の方にも、多様性の方にも行かないような気がしてなりません。

 

◯領土問題

ここで問題提起するとしたら、一つのまとまりである国家の捉え方です。

日本は、日本人、日本語、神道と仏教などより、日本列島という島で、海によって国の境界を意識してきました。アメリカ一国に乗っ取られた以外、幸いのにも分割統治されなかったから、世界史上、例外的な国です。大陸やその半島などに比べると、民族、言語、宗教など、シンプルです。ロシアとウクライナのように他国にも家族親族のいるようなケースも少ないでしょう。その点では、私たちは、大陸国家の思惑にもっとも疎いし、想像しにくい民族でしょう。

領土問題に絡めた紛争の多くは、国民国家の成立における情報、解釈の違いなどから生じます。そして、経済や軍事での共同体、そこでの不一致と矛盾が、大きくなるばかりです。

ともあれ、EUなどのように、軍事でアメリカ側、エネルギーでロシア側だったのが、片方だけに偏り、さらに中立国がなくなっていくことは、よいこととは思えません。

ロシアの自業自得と言われていますが、果たして、どこが代償を払うことになるのでしょうか。北方領土は?

 

テーマが拡散したので、また改めて拾っていきます、、、。