fukugen(福言):出会い気づき変わるためのヒント

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キングオブコント2022雑感

◯芸の評価基準

審査員を誰にするか、その審査員がどういうものを好むかによって、賞レースは、左右されます。お笑いにおいては、関西、いや大阪の影響が大きいのは,否めません。

出場10組のうち、吉本から3組,それ以外に大阪から3組です。前回優勝は,吉本の「空気階段」でしたね。

私の好むストーリーで人間の機微を描くお笑いでは、なかなか決勝に進めません。ネルソンズ」は、もっといいものがあるのにもったいなかったです。「最高の人間」(岡野陽一さんと吉住さんのユニット)と「かが屋」の脚本はすぐれていたので、もうひとつを見たかったです。新しく知ったユニットもあり、なかなか新鮮でした。

でも、やはり、ベテラン芸人の審査員の眼には、全力パワーと有無も言わさない強硬な展開が受けるのですね。芸ならではの説得力です。コントは、漫才よりも身体を張るので,その分,演劇的でもあります。質も伴って、M1に並ぶ登竜門になりました。

 

◯パワーの衰退

メジャー化するにつれ、ドタバタだけの力技芸や極端人間マニアックな芸は封印されていくのです。特に世の中に出て行くときには,新鮮さとパワーー、その衝撃が決め手となります。ありえない想定を展開して納得させていく、イルュージョンの世界観を成立させられるかです。5分完結は,短いようで、とても長い時間なのです。歌でもそうでしょう。

パワーがハラスメントと言われますが,芸能においては,そう言うことがハラスメントです。パワーハラスメントハラスメントと思います。

 

お笑い芸の全体の構造や歴史を理解してない人たちが、番組を見るのに、それを踏まえて見ないといけないとはならないわけです。今回もいろんな意見が出ていますが、いろんな意見を好きに言っていればよいのです。結局、「嫌なら見なくてはいい」というのが、表現の自由を尊重する社会での正論です。

番組でも同じだと思うのですが。嫌なものを見て文句を言う自由も保障されているわけです。

 

お笑いコントにおけるパワー、それは、他の分野の芸能が失って廃れていった第一の原因です。もちろん、パワーだけに頼っているものは続きをしません。そこから吟味され洗練されて1つの形となり、至高の域に至ることもあるのです。そこを保つのは,並大抵のことではないのです。

 

フィクションとノンフィクションのボーダーをとってしまうと、映画もドラマも事件になってしまうわけです。私は、バラエティが年々つまらなくなっていくのでなく、受け方を変えていっているとみています。

それは、メジャー化に伴う世間からの圧力の問題です。大衆化のように下に広がるのでなく,芸人のステイタスが高まることでの問題です。

以前も,お笑い芸といじりの問題は、とりあげました。

が、意見を好きにいっていればよいとまとめると、言うことがなくなるので、続けます。