正義と自己正当化 「転職の魔王様」5話

続いています。なんか、TVドラマが多いっすね。

 

◯「転職の魔王様、事故の真相!因縁の相手との再会」5話8/14

魔王様の言葉、

「人は、合わない仕事をしていると、肉体的にも精神的にも殺されるのです。」

未谷さんの言葉、

「誰かに必要とされるから働くのではなくて、私がこの仕事を好きだと思えたから、働き続けたいです。」

 

「合うと合わない」「好きと必要とされる」それぞれ、その選択は、難しいものです。

自分で合う合わないと思うものと、本当のそれとは、必ずしも一致しないし、

よくわからない。

好きと必要とされる、つまり、自分が求めるのと相手が求めるというのも、

どちらが自分にとって、よいのか、わかりにくい。

 

特に、仕事となると、ということです。

そこは、趣味やつきあいとは、同じようにはいかないのです。

 

いろんな仕事がありますが、自分が好きというのは、多くの人も好きであり、

自分が合わないと思う、嫌いと思うのは、やはり、他の人の多くも合わないと思い、

人気がない、

それが、現実だからです。

そもそも、自分の好き嫌いや合う合わないも、生きてきたなかで、

思い込んでいるにすぎないことが多いからです。

しかも、時代は流れるし、時流でもまわりの人間関係でも、大きく変わるからです。

 

 

◯主体性と責任

こうしたドラマ、

「自分のことは自分で決めていく」という主体性、自由、権利の自己主張は、

個人の自立であり、まさに、民主主義の根幹をなすものです。

 

が、あまりに最近は、強調されすぎているようにも思えなくもありません。

ジェンダーや差別解消の流れがあるのは、否めませんが、、

そんなに抑圧のある社会になっているのか、とも思います。

 

ドラマだから、ドラマチックにするのは、あたりまえですが、

こうなると「これはドラマだから」と、

自分の人生と、一線を引けない人が心配になります。

 

 

fukugen.hateblo.jp