感情の支配は許されるか

続きです。

 

◯感情管理

自分の感情を他人に管理されるというのは、おかしなことでしょう。

喜怒哀楽のうち、笑顔だけを表に出すようにする、そうしたトレーニングもできないわけではないわけですね。でも、大人になってからで、よいでしょうに。

 

本来、学校とは、教育の目的のため、教師がいろいろと工夫して進めるのと、生徒としてやりたいこと、そうありたいとにギャップがあるものです。

お互いに知恵を絞って、教えたり、サボったりする、そうしたやりとりこそが、もっと大切なことではないでしょうか。実社会に出ていくためにも、、。

教師やまわりの人があまりに強制的になったり、生徒がほかにやりたいことを最優先しようとすると、今の日本では、不登校#という形で、現れるのでしょう。

 

追い詰められて自殺するよりは、登校拒否、不登校でよい、
嫌な気分で迷うくらいなら、学校でなすこと以上のことができないなら、学校に行け、

というのが、セイフティネットも踏まえた私の見解ですが、、いや、誰でもそう思うわな。

かといって、学校やめても、フリースクールやオンラインでまかなえるから、というのも、何ですね。

教育改革こそ、最重要課題、とは、50年くらい前から言われてますやん。

 

 

#不登校およそ30万人、いじめ70万件

<2022年度の問題行動・不登校調査で、全国の小中学校で不登校だった児童生徒が過去最多の29万9048人と21年度から22.1%増えた。小中高校などで認知したいじめも過去最多の68万1948件で、21年度から10.8%増えた。10/3日本経済新聞>

 

#不登校と登校拒否

<日本では従来「登校拒否」という言葉が使われていましたが、現在は「不登校」という言葉が一般的になっています。子どもが学校を長期欠席する状態をあらわす用語は、時代とともに変遷してきました。古くは1930年代から、「怠学」や「登校拒否」「学校恐怖症」などのさまざまな呼び名がイギリスやアメリカ、日本などで使われてきました。日本では、1970年代から1990年代のはじめごろまで、専門家やマスコミなどは「登校拒否」という言葉を使っていました。その後、学校に行けない理由は多種多様であり、子どもは登校することを必ずしも拒否しているわけではないことから、「登校していない、またはできない状況」を表す「不登校」という言葉が使われるようになりました。(LITALIKOリタリコジュニア)

 

#不登校とひきこもり

<「不登校児童生徒」とは、「何らかの心理的、情緒的、身体的あるいは社会的要因・背景により、登校しないあるいはしたくともできない状況にあるために年間30日以上欠席した者のうち、病気や経済的な理由による者を除いたもの」。(文部科学省)

以前は、「50日以上」の欠席を不登校、平成10年度以降は、文部科学省の公的な見解として、「30日以上」へと変更。なお、平成9年度までは、「学校ぎらい」という名称>

 

<ひきこもり 「さまざまな要因の結果として社会的参加(就学、就労、家庭外での交遊など)を回避し、原則的には6カ月以上にわたって、おおむね家庭にとどまり続けている状態を指す現象概念(他者と交わらない形での外出をしていても良い)」(厚生労働省)

ひきこもりは、学齢以上の年齢の人が含まれます。期間についても、ひきこもりの条件は6カ月以上。社会参加を拒絶している。不登校には、学校へ行っていなくても、他者との関わりを持っていることもあります。>