ボーダーレスと可能性 宗教から政治

昨日の「トップガン〜群れとゾーン」の続き、のつもりです。

 

◯勝てない相手

例えば、学業とかスポーツでも、自分が死ぬほど努力をしても勝てない相手というのがいます。いや、誰にでも勝てるという人は、ほんの一握りでしょう。

ですが、どんなに不可能なことでも、何事においても、そういうことができないとか、そういうことが起こらないとは、断定できないわけです。

自分ができない、そうであっても、そうでない人がいるのは、珍しいことではありません。

皆ができない、そうであっても、自分ができることは、必ずあるのです。

 

◯知らないこと

自分のよく知らないことについて、疑いを持たず、信じたり信じないのは、経験の足らないという若さであり、しかし、それゆえに、ときに経験を積んだ大人には出せない力を発揮することがあります。

知らないのは、世の中、相手のことより、自分のことです。自分は変わっていくから、です。自分を知るには、自分が動くしかないのです。動くと、世の中も相手も自分も変わっていきます。少しずつ、自分のこと、自分と世界との関係を知っていく、勝負の仕方がわかってくるのでしょう。

 

◯ボーダーレスのリスク

自分と他人とのボーダーを超えるような出入りは、自分を守るためには危険なので、めったに起こりません。

抱き合って喜ぶ、悲しむなどは、そのボーダーが崩れたときです。

良くも悪くも、自分を超えての一体化です。

神はそういう機会を人間に与え、人間もそういう場を自ら創り出していきました。

 

自分の心が痛い、体が痛いということは、時折、おきます。

理由のわからないもの、目に見えず耳に聞こえず触ることもできないのに、何かしら、自分に迫ってくるものがあるのです。

自分がそこにボーダーを維持できないと、心身が侵されます。 

でも、その何かを信じられるから、宗教は成り立つのです。

 

◯政治家に必要な先見力

五感が大切とはいいつつ、最も大切なものは、第六感的なものだということは、なんとなく、皆、わかっていることでしょう。

そういうことを学んでこなかったのか、忘れたのか、先見の明と洞察力の求められる政治家が、愚鈍なために、その地位を得られ、保てているというのでは、この先も希望が持てません。

今さらですが、トップが、ガーンです。(今は、ガン=癌は、使えませんね)

日本のトップ、岸田総理は、ゴルフでの休暇でコロナ禍に見舞われたのち、世論と政治生命を気にしてか、動きだしました。真の改革を期待したいものです。