fukugen(福言):出会い気づき変わるためのヒント

表現、創作、スピーチ、雑談のネタの欲しい人、今の自分と社会・世界を結びつけたい人、考えを深めたい人に

スマホが変える世界

スマホが主役に

モラルもマナーも、その社会によって形成されたり継承されていくものですから、当然、変わっていきます。

私は、今のところですよ、緊急以外、人前で、スマホを取り出したりはしませんが、相手がそうするのは、許容していますし、気にかからなくなりました。

例えば、私の話のなかのワードを、ググって検索されると、確かに話が早いわけです。曖昧なこともはっきりとし、場合によっては私の間違いさえ指摘してもらえるわけです。

そういうことを不快と思う人は、まだまだ多いでしょう。まして、話に関係ないことまでスマホを操作しているとしたら、心地よいことではありません。相手にも場合にもよりますが。

 

最初は、こちらから画面が見えないから、こちらの話をググっているふりしてSNSをみているのかと思ってましたが、もう何を見ていようと気にもしないし、当たり前のこととなってきたのです。

ただ、こちらの話をきちんと聞いた上で、仕事を進めているようだったらよいのですが、こちらの話をちゃんと聞けなくて、そういうことをやっているなら、まず集中して聞けよ、となるでしょう。

顔をこちらに向けないことは、マナー違反です。対面のときは、「失礼」の一言はまだ、必要でしょうね。

 

カラオケの場など日常の付き合いの中では、そういうコミュニケーションが当たり前になっているので、それは、ビジネスに入り込み、相互了承で許容されていくわけです。

現状、お互いに話しているときでも、その話に参加して聞いているときでも、情報を見たり発信したりしているわけです。それは、資料を見ながら打ち合わせているのと同じともいえるのです。

 

私としては、「自分が人にして欲しくないことを人にするのは迷惑だからするな」という自由のほどあいモラルが、あります。

では、迷惑とは、どういうことかとなると、気分を害することくらいです。でも、そんなことぐらいで気分を害するのはおかしいという見方もできるのです。気分など、お天気みたいなものですし。

そこは時代で変わってきます。例えば、仕事の打ち合わせの場にスーツを着てこない、もはや当たり前です。荷物を背負ってくる、持ってきた飲み物を出して飲む、不問となりました。

 

元々、同じようなアフェクション、つまり、反応する感情を持っていなければ、モラルやマナーなどは、成り立たないわけです。外国人が足を組んでも注意はしません。

 

◯変化の行き先

そうした変化に対応して人類はともかくも、ここまで永らえてもきたわけです。

それを良いとみるのか。悪いとみるのかは、これまでのはともかく、今後については、やや疑問を私は感じるのです。

今までと同じレベルの変化なのか、全く違う変化なのか、変化することによって、世の中が回っていくのか、滅びるほうに行くのかということです。

 

力ずくの世界が終わったのはよいことですが、言葉が力ずくになって、言ったほうが意図する以上に大きな影響を悪い方向に与えるのなら、困ったものだと思います。場合によっては、ウィルスなどよりも強く効いてしまうからです。

と思っていたら、また、力づくで軍隊を動かす時代になりました。

日本、日本人、大丈夫か!