神田沙也加さん他界、ご冥福を祈ります。
昨日は、イスラム教に触れましたが、欧米と日本、日本人と比べて考えてみましょう。
〇自分の体
欧米では、子供もまた大人と同様に扱われているので、公の場で甘やかすようなことはしません。騒ぐなどはタブーです。ことばが使えないと動物、マナーがわからないと、人間ではないのです。
自分の体であっても、自分がどう扱ってもよいというものではないとなります。そこで自殺はタブーとなります。肉体は神による創造物であり神のものだからです。
〇公共とプライベート
信仰の自由は認められていても、学校や街など公共の空間では、宗教的なものを持ち込むのはタブーとなります。公的な場と私的な場が厳密に区別されています。公的な空間に信仰を持ち込むのはよくありません。
〇公私の区別
社会に生きている限り、公的な倫理の制約を受けます。
ところが、プライベートな空間においては、そこから解放されるのです。ヌーディストビーチなどはその一例です。時空を限っての抑圧からの解放です。
公の意識の薄い今の日本においては、こうした使い分けが許されないがために、行き詰まってしまうことも多く見られるように思います。
戦時に公を国とみなし私=個を抑えすぎた反動がまだまだ根強いのもしれません。
何事も全ては肯定できないし、全ては否定できないものです。否定しすぎた後には、肯定できる要素をていねいに見出し、活かせるものは引き継ぐ努力が必要です。
過去に学ぶ、そのために異なる原理で動いてきた他の人々を参考にするのは、とても意味あることです。そこでの相違点からいろんな問いが見出せるでしょう。