fukugen(福言):出会い気づき変わるためのヒント

「モチベートがかからない」とか「やる気がでない」という質問をよく受けます。私は、人との出会いや映画、音楽、本などに救われてきました。なかでも、人のことばは、大きな意味をもちました。これからは、そういうことを思い返しながら、生きていくのに基礎となった一般教養や歴史、データなどのピースを散りばめていきます。ご興味があれば、そこからググってください。あなたがこの社会と結びつき、生きていくエネルギーとなるのに、少しでもお役立ちできたらうれしいです。[2021/08]

「月田さんを悼む」

月田さんから、とある団体への退会の届けが奇しくも私のメルアドに届いたので、誤送とメールで知らせたら、謝辞がきました。近日中にメールを出そうと思っていたら。

虫の知らせのリアルなパターン、また後悔するのは、去年も、似た例で5歳下の親友を失い、もう一人、声が出しにくいからの電話で医者を紹介した30年来のつきあいの知人を3ヵ月後に失ったことからです。

本日、一日故人を偲ぶ日にと思いました。

 彼女との出会いは京都のライブハウスでした。代々木近くのブラジル料理店で食事したのは、二十年前あたりか、うちのトレーナーをつれて四谷の店に見にいったこともありました。群馬のコンサートに暴風雨のなか、車を走らせたのが、ついこないだのようにも思います。かつて発行されていた会誌を楽しみにしていました。

 23年前に、東京の久々のライブに私は行けず、花をだし、うちのトレーナーに行ってもらったら、そこのプレイヤーが、ここの関係者であったとのことで、深い縁を感じたものです。

 歌、歌手、音楽、ポルトガルの話は、一冊の本になるほど、やりとりしたように思いますが、短くまとめておきます。五木寛之さんの本などで探してみてください。

 彼女の好きだったのは、フランスのシャンソン歌手、ジルベール・ベコーでした。その「神の思いのまま」は、私のベストソングの1曲です。彼女も歌っています。

いつも、CDをくださるときに、音程がとか、自己流なのでとかいわれ恐縮されていたのですが、私は、彼女しか出せないフレーズが好きだったので、どうでもよいことでした。他にまねのできないオリジナルのフレーズのある歌い手として評価できる人でした。

 アマリア・ロドリゲスの死んだ翌年、私は、その喪に伏しているポルトガル、のリスボンの記念館を訪ね、CD全集を入手して、しばらく毎日、流していました。Saudade(サウダーデ、サウダージ)の音楽、歌、何よりも声。(「暗いはしけ」は1954年、映画「過去を持つ愛情」で使われました。

 本日、DVDCDが、私の元に送られてきました。昨年の最後のライブのもの、北海道の、なぜ房総から寒い北海道に行ったのですか。こんな簡単なことをとうとう聞けませんでした。合掌。