読み飛ばすことが、保留するとして先送りされるのと、ないものとして忘れられるのは全く違います。教養主義の時代、団塊世代と、私は思うのですが、それまで多くの人は、知らないことをいつか知ろうと、聞いたり調べたりして得て、そして、学力を高めていったわけです。
今や、調べたら何でもわかる。だから、いつでも調べられる、調べてもきりがない、そこで知らないことを気にしなくなりつつあります。
意味がわからないことに対して、スルーする。そのことにストレスを感じず、不快にならないでいられるのですから鈍くなる。そんなふうになっているのを感じます。
自分で感じた疑問を胸に抱いて、保っておくことは、大切なことに思うのです。