殺傷事件と芸術パワー

昨年に続き、河津桜鑑賞小旅行、修善寺梅林、黒根岩温泉、金谷温泉、上原美術館、幼魚水族館、小室山MISORA、伊豆のへそ等。

河津桜

花粉症、のシーズンですね。

 

◯くしゃみで暴走?

<大阪市生野区の病院に車が突っ込み、通行人2人が死亡した。逮捕された71歳の男は「事故直前にくしゃみをして意識が遠のいた」と供述。2/1>

くしゃみで意識を失うものなのでしょうか。副交感神経の迷走神経が、刺激をうけると血管が拡大して血圧が下がり、脳に血液が行かなくなることくらいしか考えられないでしょう。でも、運転中に?

 

くしゃみは、医学用語で噴嚔(ふんてい)です。くしゃみも咳も、異物を出す反射ですが、くしゃみは、自分で止めにくいこと、関与する神経がそれぞれ異なります。くしゃみは鼻の刺激で三叉神経が、咳は気道の刺激で迷走神経が関与します。花粉症など、アレルギー性鼻炎で、くしゃみと咳が両方伴うのは、鼻汁がのどに流れて気道を刺激するためです。

 

 

続きです。

◯人生不可解

日清日露戦争の間で、悩む青年がたくさん出ました。1903年に、旧制一高の藤村操が華厳の滝に飛び込み自殺しました。「万有の真相は唯だ一言にして悉す、曰く不可解」と遺書に。

 

そのあたりから日本は、国家改造運動に引き寄せられてきます。日本は一君万民国家で、天皇の元、すべての民は平等な幸福を享受できるはずなのに、そうなっていないのは邪魔する人がいる、それが君側の奸。それを排除しようと、テロやクーデターが起き、首相や大臣、財界人などが殺傷されていったのです。それが軍人の台頭を招き、戦争に突入したというのが、従来の定説ですね。

 

◯原色への回帰

殺傷となると、新鮮な血は、真っ赤です。血がたぎるのは、生命の力強さの証明です。

息が匂うくらいならともかく耐え難い悪臭、異臭を漂わすようであれば病気です。透明な息こそが、健康な命の表れです。

フォービズムやアフリカのバーバリズムは、命が自分の身体に応じた若々しい色、赤などの原色に満ちたものは、自己主張でした。

プレミティブなものへの郷愁でしょうか。

今のアートが失いつつあるもの、ということも何度も時代のなかで繰り返されてきました。

もう世紀末とかでなく、末法の世なのでしょうか。

 

 

#君側の奸

<(くんそくのかん)君主の側で君主を思うままに動かして操り、悪政を行わせるような奸臣(悪い家臣・部下)、の意味の表現。「君側」は主君の側、という意味。weblio>

 

#一君万民論

<ただ一人の君主にのみ生来の権威・権限を認め、その他の臣下・人民の間には原則として一切の差別・身分差を認めないとする思想・主張である。

日本では律令制に由来し、吉田松陰板垣退助が唱えた。幕末には討幕派の志士に広く支持された思想で、明治政府は華族制度の創設や武士身分の士族への編入など、当初は旧来の身分制度をある程度継承したものの、廃藩置県・徴兵令・秩禄処分といった政策の断行に依って特権身分の改革を行った。また、被差別部落民を平等化する解放令も発布された。

明治維新後、一君万民論は朝野における思想的底流として根強く、断続的に天皇の権威強化と皇室以外の身分特権の縮小がなされていった。士族制度は形骸化し、貴族院に依拠する少なからぬ特権を有した華族制度にも批判は少なくなかった。板垣退助は『一代華族論』において、自身の討幕の目的は、国民の自由を回復させる一君万民の実現であったと記している。一君万民論は藩閥体制打倒とデモクラシー導入の大義として掲げられ、身分的特権のみならず財閥などの経済的権力に対抗するイデオロギーとしても機能した。

昭和前期においては在野の知識層のみならず青年将校革新官僚が一君万民論の支持勢力として登場。(Wikipedia)>