fukugen(福言):出会い気づき変わるためのヒント

「モチベートがかからない」とか「やる気がでない」という質問をよく受けます。私は、人との出会いや映画、音楽、本などに救われてきました。なかでも、人のことばは、大きな意味をもちました。これからは、そういうことを思い返しながら、生きていくのに基礎となった一般教養や歴史、データなどのピースを散りばめていきます。ご興味があれば、そこからググってください。あなたがこの社会と結びつき、生きていくエネルギーとなるのに、少しでもお役立ちできたらうれしいです。[2021/08]

" This is it "

1985年1月28日、ロスで「We Are The World」をライオネル・リッチと曲を作った
マイケルは、45人中、弟のランディを除いてもっとも若い26歳だった。
当時、ハリー・ベラフォンテは57歳、クインシー・ジョーンズは51歳。
マイケル以外に、これまで亡くなったのは、レイ・チャールズなど含め3人だけという。
あれから、すでに25年経った。そのマイケルは昨年6月26日に亡くなり、既に半年経った。
エルビス(~77年)、ジョンレノン(~80年)、スーパースターは夭逝によって伝説化する。

私はマイケルに対する、日本の過剰な反応に冷めて今日まで述べなかった。
私の中でのマイルスは、ダイアナ妃(ダイアナロスではない)に近い存在だった。
いや、オードリー(お笑いの春日たちではない)のようなものだった。
ダンスがプロの中で、抜きん出るということが、どういうことかは、彼に教わったような気がする。
声については、ジャクソン5の「アイルビーゼア」の頃がなつかしいが、独立したマイケルの突発的に入れる奇声の音楽性に聞き惚れた。

スーパースターといえ、いろんなことに苦しめられた。
それを歌った歌も少なくない。しかし、私たちはその表面だけを聞き、心地よくなる。
あたかも愛の讃歌を結婚式で流すかのように。人間愛、人道活動家、環境保護運動家としても、忘れるわけにはいかない。スターゆえ、子供として過ごせなかったことが、
子供への愛を呼びかけることとなったのであろうのに。