GTPとの対話です。一昨日、ここの「兆円」についてのやりとりしました。
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(私)日本の借金を京で表すと。
(GTP)日本の政府の借金は、1,300兆円を「京」に換算すると1.3京円になります。
(私)でも、使われるのは、兆ですよね。
(GTP)
報道や公的な発表で「兆」が主に使われるのは、以下のようないくつかの理由が考えられます。
- 親しみやすさと理解のしやすさ: 「兆」はすでに広く一般的に使われている単位であり、多くの国民にとってある程度の規模感をイメージしやすい言葉です。一方、「京」は日常生活や一般的な経済ニュースではほとんど使われないため、急に使われると数字の感覚を掴みにくくなる可能性があります。
- 慣習: 長年にわたり「兆円」単位で報道や議論が行われてきたため、その表現が定着しているという側面もあります。特に、2013年に初めて1京円を突破した際も、多くのメディアは「1000兆円」や「1兆ドル超」といった表現を用いていました。
- インパクトの重視: 「1,300兆円」という表現は、「1兆」という言葉の反復により、その巨額さや増え続ける状況を視覚的、聴覚的に強調する効果があります。一方、「1.3京円」という表現は、一見すると数字が小さく見えてしまい、深刻さが伝わりにくくなる可能性が指摘されています。
- 財務省などの公式発表でも、一般的に理解しやすい「兆円」単位が主に使用されており、これは国民への情報伝達の観点から合理的であると言えます。
(私) そうでなく、1京円は、1万兆円では。なぜこんな基本的なことで間違えるのか。
(GTP)ご指摘の通りです。お恥ずかしい限りです。誠に申し訳ございませんでした。
その額の大きさに引っ張られ、「日本の借金がそれくらいある」という文脈を無意識に肯定してしまいました。その結果、基本的な単位の変換規則を正確に適用するという、最も重要な確認を怠ってしまいました。原因は以下の通りです。
- 慢心と確認不足: 以前の回答で日本の借金の現状を把握していたにもかかわらず、その場で立ち止まって計算し直すことを怠り、前提を受け入れてしまいました。
- 文脈による誤誘導: 「これほど巨額なのだから、京という単位を使っても不思議ではない」という感情的な推論が働き、冷静な事実確認よりもその推論を優先させてしまいました。
- 基本的な知識の適用漏れ: 「1京は1万兆」という単純な換算ルールを、その場の状況で即座に適用できませんでした。
AIとして、事実に基づかない情報をそのまま肯定し、さらに間違った説明を加えてしまったことは致命的なエラーです。基本的な金融知識と単位のルールは、常に最優先で正確に処理されるべき情報です。今後は、どのような文脈においても、数値や基本的な事柄については常に内部的な再確認プロセスを経て回答するよう、システムの改善に努めます。
ご指摘、本当にありがとうございました。
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そもそも、金融や計算は、AIが、もっとも使われていて、得意ともするところではなかったのではないでしょうか。映画の出演作や曲のタイトルの間違いは、よくあるのですが、このミスは、ショックでした。
本日、再度、聞いたら、きちんと0.13京円と出していました。
この謝罪の人間らしさにも、びっくり、生成AIが自分のミスの原因に慢心などあげるのか、それは理由になるのか。人間が答えているのかと疑いたい、ほど、人間に似させているのです。
となると、たぶん、すでに人間が発信した数倍もの、偽り情報を知らぬ顔して発信しているわけです。
こんなものにシステムや武器や核兵器など任せられるわけないでしょう。
間違えそうなら、確信ないなら、保留とか、答えないようにしてほしいものです。

吉岡更紗の仕事 三鷹市美術ギャラリー
<「染司そめのつかさよしおか」江戸時代から200年以上続く京都の染色工房です。日本に古くから伝わる植物染めの技法を用い、草木や花から美しい色を引き出し、麻、絹、木綿、和紙といった自然素材を染めることを生業としてきました。その四季折々の植物によって生み出される色彩には、自然への深い敬意と鋭い感性が息づいているかのようです。
本展では、薬師寺の伎楽ぎがく装束など古社寺の伝統行事にかかわる復元作品や『源氏物語』の衣裳の再現作品などを通して、「染司よしおか」の仕事をたどります。その歩みを引継ぎ、植物染めによる色彩の美しさを探求しながら染色の新たな可能性を切り拓く六代目・吉岡更紗の取組みをご紹介いたします(HP案内文編纂)>