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ガザに学ぶ(4) 「あるジャーナリストの死」

他人事にしないー

関連する番組をもう一つ、紹介します。

「BSスペシャル ガザ あるジャーナリストの死」(NHK2025/8/1)

<2025年3月、朝日新聞社の通信員としてガザを伝えてきたジャーナリストがミサイル攻撃で死去。28歳3ヶ月、モハマッド・マンスールさん。

イスラエルへの憎悪を募らせていたが、日本人精神科医との出会いでカメラで戦うと決意した。15年にわたる映像記録からその人生に迫る。 放送日:2025年 8月 1日>

 

ガザ当局によると、イスラエル軍のガザ侵攻後、ガザで死亡したジャーナリストは255人。

うち197人はガザのパレスチナ人が占める。

イスラエル軍は、マンスールさんは「(武装組織)イスラム聖戦の勧誘員で、ジャーナリストを装っていた」と。

 

日本のNPO『地球のステージ』桑山紀彦代表理事のインタビューで最後に語ったのは、

「モハマッドにとって日本とのつながりは命をつないだ一番の灯火でした。彼がいつも言っていたのは、『日本とつながってるから生きてられる』という言葉でした。絶望しかないガザの戦争の中で、日本に自分のことを気にかけてくれてる人がいる、自分の記事を楽しみに待ってる人がいる、それが唯一の生きる灯火だといつも言ってました。

モハマッドにはいつもよく謝ってたんですよ、『ごめんなっ』て。日本人は豊かな生活で、お湯をひねればシャワーも出るし食べ物に困ることもない。そういう平和な生活をしててごめんなと謝るといつも彼は言ってました。『謝るな』と。『日本人はそれを享受していいのだ、と。なぜならば、それが自分たちの目標なのだから、と。目標を失うことは怖い、だから日本人はそれを楽しめ』と。
 だけど、ふとした瞬間に、『それが実は当たり前ではなく、とても貴重で大切なことだということも思い出してくれ』とも言ってました。『仕事がある幸せや、ご飯が普通に食べられる幸せを、ありがたいと思う気持ちも忘れないでいてくれ』とよく言っていました。これは日本の若い人たちに送る彼の大事なメッセージだと思います。」