昨日、東京世界陸上で国立競技場の4万人の観客が、
たった一人の世界記録を見るために
22時半を過ぎても帰らなかったという棒高跳び。
棒高跳びといえば、私には、超人ブフカ選手、
選手時代に世界記録を35回(屋外17回・室内18回)更新。
1985年に世界で初めて6mを突破し、1994年に屋外6m14cm。
これを2020年9月17日にようやく破ったのが、
今回のヒーロー、スウェーデンのアルマンド・デュプランティスです。
(屋内では、2014年にR・ラビレニ選手が6m16)
その6m30は、14度目の世界新で、世界大会五連覇、世界陸上三連覇、
2024年の国際スポーツプレス協会が選出したスポーツ界の年間最優秀選手。
で、やはり、父親が棒高跳びの選手。
さて、20世紀前半、棒高跳びは、日本の得意種目でした。
1936年のベルリン五輪の棒高跳びでは、西田修平・大江季雄両選手が長時間にわたる熱闘の末、2位・3位、銀メダル・銅メダルを2つに切断してつなぎ合わせ、分け合ったという有名な話。竹のポールだったので、日本は有利?その後、ポールにグラスファイバーやカーボンファイバーが採用、記録も伸びたのです。
こうした記録の塗り替えも、かなり特殊ですね。
なぜ、棒幅跳びはないんか?
ジャンプでなく、vaultボウルトなのですね。