アメリカの原爆投下への公式見解は、いまだ「日本の降伏を早め、戦争を終結させて多くの人命を救った」とする早期終戦、人命救済説です。日本人の多くも、戦後のアメリカのこのストーリーから解かれていません。
しかし、原爆投下は戦争終結のためではなく、戦争を引き延ばしてまで原爆使用を優先した、はじめに原爆投下ありきの方針だったとわかってきました。
1944年のハイドパーク協定で、ドイツ向けだった原爆投下方針を日本に転換することが決定。アメリカは日本の終戦工作を把握していたにもかかわらず、原爆開発に合わせてポツダム会談の開催や中ソ交渉の時期を調整して日本の降伏を遅らせたのです。
ポツダム宣言で、アメリカは、国体護持(天皇制維持)を容認しなくした、そのことで、日本側が黙殺せざるを得なくしたともいえるのです。
日本が降伏へ動いたのは、8月8日のソ連の参戦が決定的でした。和平での終戦工作をソ連を通じて行っていたからです。それもアメリカは、ソ連と通じて知っていました。
アメリカは、ソ連の影響力拡大を防ぎ、戦後の主導権を握るために、原爆による降伏というストーリーにしたのです。
長崎への原爆投下は、ソ連への示威とプルトニウム型兵器の実戦実験という側面がありました。つまり、原爆投下は、軍事的に不要で、非人道的な行為そのもの、対ソ封じ込めの意図が強かったのです。もちろん、そこには、人種差別や報復感情があったことでしょう。
ということで、今となると、アメリカの人命救済説は、後付けの正当化とわかりつつあるようです。世界の人に理解してもらうために、まず私たち日本人がきちんとこういう事実を把握しておくことです。アメリカの若い人が理解してきているのに、日本人がこれでは、困ります。