傷つくこと、キリないので、まとめておきます。
今の日本では、感情、個人の感情、それも傷ついたということが、
最大の要因として、のように、
社会が動いているので、
自分の思った通り、
感情的に動くことが正しいかのようになりつつあります。
確かに感情的に強いられてきた人は、つらく苦しいので、
それをはらして解放されたいし、それ以上、背負わないようにする分には、
よいことなのですが、
これが行き過ぎる社会は、よくありません。
傷つくことからの対処には、二つの手段があります。
相手にぶつけることと忘れることです。
前者は、復讐、報復であり、後者は、寛容、忘却です。
というと、誰でも、憎しみの連鎖のようなものなら、
許すことで、断ち切ることを理想とするでしょう。
しかし、現実には、当事者以外も巻き込んで、
相手を抹殺することで、日頃の鬱憤への溜飲を
下げている人が多いのです。
感情には、感情的に動く人が多いわけです。
我ながら論理の飛躍がありますが、走ります。
恋愛さえ
勇気を出して告白したほうがよいよ、
ダメでも、言わなければ後悔するよ、
の一辺倒ですが、
そういうものなのでしょうか。
若い人ばかりではないのでしょうが。
法は、自分の思うこと、自分の行動規範が、
必ずしも社会の行動ルールではないことを示します。
親しい人を殺されても、その相手を自分が殺してはいけない、
ということです。
自分の思いのままに動いていたら、暴飲暴食など
だらしなく社会生活に適応できない人が多くなるでしょう。
その思いが、感情のままに幼くあってはならないから、
ルールがあり、しつけと学びの必要もあるのでしょう。