傷つくこと(6)
<静岡駅南口駅前広場には、裸婦の彫刻像2体が、フランス印象派の画家ピエール・オーギュスト・ルノワールと彫刻家リシャ―ル・ギノの共作。世界に14体しかない作品で、1994年度の駅前広場のシンボルとして設置された。
市内の複数の裸婦像に異議を唱えたのが、難波市長だ。
「静岡市内には裸婦像が多すぎると感じています。海外からの観光客が来た時、この街は何だろうと違和感を覚えてしまいます。あんなに目立つ場所に設置している街はないのではないか」と。
「時代を考えると、ふさわしくないと感じる。公共の場ではなく美術館に展示した方が良いのではないか」
「芸術の街をうたっているわけでもないのに、裸婦像が多いのは違和感がある。観光客誘致につながっているとも思えない」といった撤去を支持する声の方が割合は高い。
裸婦像については静岡市以外でも議論となっている。宝塚市では宝塚大橋の改修に伴い、撤去した裸婦像を再び設置するかどうか意見が分かれた。「女性蔑視にあたる」という声が上がる一方、「芸術作品として長年親しまれている」という主張もあった。結果的に橋の整備計画で裸婦像の再設置は見送られた。(SHIZUOKA Life編集部11/27)>
表現の自由、芸術的価値、公共のスペースの問題に、
歴史的経緯、平和の象徴、ジェンダー、インバウンド、
観光と問題が複雑に絡んでいます。
個人の感情は、さまざまですが、
嫌い、気に食わない、不快、
だから、なくすというのは、短絡的です。
そこから学び、継承し、考え続けられるなら、
一定範囲での許容も、必要でしょう。
もちろん、その判断に正解はないので、
その地の人が決めるしかないことです。
ただ、一方的に非難して「キャンセルする」のではなく、
よりよいものにしていくのが大切と思います。
ルノワールを超す作品というのは、難題でしょうが、、。
ともかくも、その場をなくすのはよくない、
撤去するとしても、
何かしら痕跡とその経緯の伝承は、
必要だと思うのです。