ちょうど、100年前の話です。
<モダン・タイムス。1936年
小さな放浪者は、労働者となってあらわれます。
機械にしゃべらせる。無表情。
話し言葉への抵抗。
1940年「独裁者」では、反ナチスの政治的発言となる。
1952年アメリカを離れる。
行き過ぎた資本主義への抗議。
トーキー強制の映画界、声は政治的権威。>
「話し言葉と言うのは、ひどく恥ずかしいものだ。誰をも軽薄にしてしまう。
声は感情を露呈する上に人工的なものだ。一方、動作は自然なものだ。鳥が飛ぶのと同じように。その点でパントマイムには素晴らしい長所がある。アーティスト自身を完全に露わにしないという長所だ。
話し言葉は機械的なものだ。受け入れやすい事は確かだが、ただ黙って相手を見つめるときの沈黙の効果には及ばない。」
<経済格差の急速な広がり、抗議デモ、そして弾圧、
「権力はどのように独裁者を生み、市民を踏みつけにするか。
権力は腐敗する。避けられないことだ。権力の誘惑は強すぎて正しい考えを打ち消してしまう。アメリカは自戒が必要だ。大国の権力は破壊的なものになりかねない。」
社会正義、団結、人間の正義を。>
そして、1929年の大恐慌となります。とても現在と似ています。
工業化が、生成AI化となったことで、またも、ナショナリズムの台頭も。
<解放、自由化に対し、ハリウッドでの検閲
1934 年、ヘイズのヘイズ・コード、製作倫理規定導入となります。
下品、低俗、悪趣味の排除。>
#「モダン・タイムス チャップリンの声なき抵抗」<「喜劇王」と呼ばれ今も愛されるチャップリン。代表作「モダン・タイムス」を通して、世界恐慌から世界大戦、冷戦という激動の時代を駆け抜けた波乱の人生をひもとく。トーキー映画に移行していくハリウッドで、「言葉の壁を越え感動を与えたい」とサイレント映画にこだわり続けたチャップリン。機械文明を風刺した「モダン・タイムス」で初めて肉声を発した彼は、それ以降、映画内で「言葉」を話し始める。しかし、その「言葉」が原因で“赤狩り”の標的に…。 原題:CHAPLIN’S MODERN TIMES THE PATH OF SILENCE(フランス2024年)NHK1/28>
#チャップリン <1920年代に長編映画を作り始め、『キッド』(1921年)、『黄金狂時代』(1925年)、『街の灯』(1931年)、『モダン・タイムス』(1936年)などを発表した。『独裁者』(1940年)からはトーキーに完全移行したが、1940年代に私生活のスキャンダルと共産主義的傾向の疑いで非難され、人気は急速に低下した。1952年に『ライムライト』のプレミア上映のためロンドンへ渡航中、アメリカへの再入国許可を取り消され、それ以後は亡くなるまでスイスに定住した。しかし1972年の第44回アカデミー賞で「今世紀が生んだ芸術である映画の製作における計り知れない功績」により名誉賞を受賞、アメリカでの授賞式に招かれた。>