御上先生
第二話です。
<御上先生(松坂)の言葉が気になった報道部の神崎(奥平大兼)は、隣徳学院を辞めた教師・冴島(常盤貴子)に会いに行く。文科省の塚田(及川光博)と槙野(岡田将生)が、動き出す。1/26>
キーワード 霞が関文学#
私が見た限りですが、神崎の家の階段には、「ハゲワシと少女」#のほか、硫黄島の星条旗の写真、キャパの崩れ落ちる兵士などが飾られていました。
#霞ヶ関文学 この言葉の使用は、少なくとも1938年〜。永田町文学もあります。
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日常用語 |
霞ヶ関言葉 |
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ゴミ |
一般廃棄物 |
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特定商業集積 |
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これから農業をやりたい人 |
新規就農希望者 |
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過度な母子の密着 |
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外国語ブーム |
語学学習意欲の高まり |
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クビになって職探しをしている人 |
非自発的離職求職者 |
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みんな勝手にやればいい |
各主体の自主的対応を尊重する |
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簡単な英会話ができるようにする |
外国人旅行者への対応能力を整備する |
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普通のサラリーマンは家が買えない |
平均的な勤労者の良質な住宅確保は困難な状況にある |
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転職しやすくする |
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エレベーターを入れる |
円滑な垂直移動ができるよう施設整備を進めていく |
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家が狭くて子供が作れなくなっている |
住宅のあり方が夫婦の出生行動に大きな影響を与えている |
私が見た限りですが、神崎の家の階段には、「ハゲワシと少女」#のほか、硫黄島の星条旗の写真、キャパの崩れ落ちる兵士などが飾られていました。
#『ハゲワシと少女』 ジャーナリスト、ケビン・カーター氏(南アフリカ出身)は、内戦と飢餓のスーダンに行く。「飢えでしゃがみこんでいる少女の背後にハゲワシがたたずむ」
1994年にピューリッツァー賞を受賞した。この写真に対して、多くの非難の声が巻き起こった。
<1994年、ハゲワシが餓死寸前の少女を狙っている『ハゲワシと少女』(The Vulture and the Little Girl)スーダンの飢餓を訴えたものだったが、1993年3月26日付のニューヨーク・タイムズに掲載、同紙には絶賛と批判が寄せられた。「報道か人命か」という論争に発展した。
授賞式から約2か月後、カーターはヨハネスブルグ郊外に停めた車の中に排気ガスを引きこみ自殺。彼はマンドラクスを常用する薬物依存症であっただけでなく、20代の頃に躁鬱病を患っており2度も自殺未遂を起こすなどがあった。また、死の数年前から衝撃的な写真ばかりが喜ばれることに疑問を抱いていた。
現場にいたカーターの友人でありフォトジャーナリストのジョアン・シルバの証言などによると、写真の構図は、母親が食糧を手に入れようと子どもを地面に置いた短い時間にできたものであったという。
カーターは写真を撮った後、ハゲワシを追い払い、少女は立ち上がり、国際連合の食糧配給センターの方へよろよろと歩きだした。それを見た後は、木陰まで行って泣き続けた姿が目撃されている。
当時、カーターの近くで同じ場面を撮影していた別のカメラマン2人に藤原章生が取材した話では、ハゲワシは食糧配給センターのすぐそばにある汚物置き場に集まっており、とくに子供を狙っていたわけでなかったと証言している。Wikipedia編纂。>