◯「幕末イギリス密航!謎の侍チームを追う。
大追跡グローバルヒストリー、NHK1/6」
当時の日本のエリートたちは、すごかったのですね。
「危機感、愛国心、武士道」
日本人が失ってしまったものの大きさを感じます。
国の意識もないときの亡国の危機、
指導者もその教育も、生き方にも、大いに学びたいものです。
◯童門さんを偲ぶ
ちょうど、売れっ子になったとき、お目にかからせていただきました。
彼の著書で、鷹山を知りました。
これ、なんて読むんだ?たかざん、なんて思っていました。
ケネディ大統領が就任時に、日本記者団から、「貴方が日本で最も尊敬する政
治家は誰ですか」と問われて、「上杉鷹山」と答えたそうです。
内村鑑三著の「代表的な日本人」によって、知ることになったとされています。
<キャロライン・ケネディ第29代駐日米国大使
米沢市訪問での挨拶の一部(H26.9.27)
「予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず」と俳人松尾芭蕉はこの地域に関する著名な作品の冒頭で記しています。同じように私の漂流も本日ここに連れて来てくれたということで喜びにたえません。御存知のとおりケネディ大統領は、本日お祭りで祝っている方に敬服しておりました。上杉鷹山は、領民に対する献身、そして教育へのコミットメント、人を鼓舞した公共サービス、そして一人ひとりに世の中を良くする力があるとの信念を通し、何世代にもわたる人々を触発してきたリーダーであります。たた皆様が鷹山から受け継いだ遺産を讃え、そして新しい世代にその教えを伝えておられることをお祝い申し上げます。
父は「一人でも世の中に変化をもたらす、違いをもたらすことができる。皆やってみるべ
きだ。」とよく言っておりました。しかし、上杉鷹山ほど端的にそれを言い表した人はいないと思います。「成せば成る」(大使が直接、日本語で)ありがとうございます。>
<ベストセラー「小説 上杉鷹山」など、歴史小説作家の童門冬二さんが亡くなりました。96歳。都の職員として勤務するかたわら作家活動、1960年に発表した「暗い川が手を叩く」が芥川賞の候補。江戸時代に米沢藩の財政再建に尽力した上杉鷹山の生涯を描いた「小説 上杉鷹山」はベストセラー。亡くなって1年は公表を控えてほしいと話していたということです。NHK>
プロフィール 東京下町にて誕生。東海大学附属旧制中学卒業。海軍少年飛行兵(予科練)の特攻隊に入隊するが、出撃しないまま終戦を迎える。
東京都に入庁し、目黒区役所係員から、東京都立大学理学部事務長、広報室課長、企画関係部長、知事秘書、広報室長、企画調整局長、政策室長を歴任。都庁在職中は、美濃部亮吉都政3期12年を知事のスピーチライターとして支えた。
1958年に作家デビュー。1960年には『暗い川が手を叩く』で第43回芥川賞候補。
また1977年放送のテレビドラマ『新選組始末記』ではメイン脚本を担当。
1979年、美濃部の知事退任と同時に退職し専業作家に。
人間管理と組織の実学を歴史の中に再確認し、新境地を拓く。
没後1年となる2025年1月13日に遺族が死去を公表。
ペンネームの童門について、17歳で終戦を迎え、特攻隊から戻った少年に対し世間の目は罪人を迎えるようで傷つきグレた。その傷を癒したのが、太宰治はデーモンであり、そこから。
主な著書
『経営革命の祖上杉鷹山の研究 危機を乗り切るリーダーの条件』PHP研究所 1982年
『維新の女たち』春陽文庫 1982年
「足利尊氏の生涯」知的生きかた文庫、「足利尊氏」時代小説文庫
『さらりーまんで候 “非情"の世界-江戸の管理者』日本経済新聞社 1982年
「非情の人間管理学」旺文社文庫
『人を育てる管理学』学陽書房 1982年 「英傑たちの人材育成法」改題
『新撰組が行く』秋田書店 1982年 のち旺文社文庫、集英社文庫「小説新撰組」
『遠山金四郎 物語と史蹟をたずねて』成美堂出版 1982年 のち文庫
『とびうお酔酔』都政新報社 1983年