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ハリーベラフォンテ死去

ハリー・ベラフォンテ死去

ベラフォンテさんが、うっ血性心不全のため、亡くなりました。96歳。4/25

<ニューヨークのハーレムで生まれ、幼少期をジャマイカで過ごし、ニューヨークに戻って、デビュー。「バナナ・ボート」「さらばジャマイカ」収録のアルバム「カリプソ」が大ヒット。「マティルダ」「ダニーボーイ」など。

1950年代後半からは、人種差別の撤廃を求める公民権運動に尽力。

1960年7月10日に来日した。

1985年「ウィー・アー・ザ・ワールド」の制作にも加わる。>

バイデン大統領は「功績は伝説的で、その主張、思いやり、人間の尊厳の尊重という遺産は これからも続くだろう」と声明しました。

 

<出だしに、Day-o, day-ay-ay-oと叫ぶ。

「もうじき日が昇る。オイラはつらい仕事を終えて家に帰りたいんだ。tally man(伝票をつける人)さん、バナナを数えてくれ…」という歌詞が繰り返し。

オリジナルは、バナナを積み出す港で荷役に従事していた人たちの労働歌。(「バナナボード」)

日本では1957年、カリプソブーム、その代表的な曲として紹介された。

ベラフォンテのは、日本ビクター で発売(SP盤。B面は「さらばジャマイカ」)。

日本語盤では、キングレコード江利チエミコロムビアが旗照夫、ビクターが浜村美智子で競作したが、浜村盤が最大の売り上げに。

これがカリプソでないことを示して、中村とうようが、評論家でデビュー。>

浜村さんは、1963年、プロボクシング東洋ライト級チャンピオンだった小坂照男との結婚。現在も、活躍しています。

 

fukugen.hateblo.jp

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