fukugen(福言):出会い気づき変わるためのヒント

表現、創作、スピーチ、雑談のネタの欲しい人、今の自分と社会・世界を結びつけたい人、考えを深めたい人に

音楽から情報過剰社会を考える

◯音楽と時間

音楽は、絵のように作品と距離を持って捉えることができません。

時間という前後の関係の中に捉えられているわけです。

音がフレーズとなり、フレーズが組み合わさっていきます。展開し構成されます。

どの曲の次に、どの曲を聴くのかによっても印象が違ってきます。

言うまでもなく、入力が聴覚であることが、特徴です。

曲を聴いていなくても、頭の中でその曲が反芻されるのです。

記憶に残っていて、その曲を聴くときに、その記憶を呼び戻しているわけです。

 

◯音楽の存在

音楽には、脳の深いところに入る,それゆえ、中毒性、依存性があります。

独裁政権が、音楽を禁じるのは、この中毒性に対してです。

ヘビーローテーションと呼ばれます。

その人間を宗教や洗脳のように支配してしまうこともあるのです。

依存するのか,活かすのかは,紙一重のところがあります。

 

私は、モチベートをかけるのに、音楽を使っています。

リラックスするのには、昔ほど音楽を使うことはなくなりました、

無音の方がよくなってきたのです。サウンド オブ サイレンスです。

 

◯再生と超越

音楽は常に再生されたがっています

再生とは、再び生きる、のです。

音楽は、人の頭の中で鳴り続け、人がいないと存在しないのです。

絵画や彫刻のように、そこに存在し続けません。

音楽は、人を通してしか聞こえてこないのです。

時間に縛られているようで,時間を超えるのです。

ドラマやバラエティーなど、見ることに振り回されている人は、

聞くこと,感じることで、時間を超越してみるとよいでしょう。

 

◯自分のために

誰かのために見るのでなく,自分のために見ましょう。

それが誰かのためになるから、シェアすればよいのです。

私が敬遠するのは,誰かのものでしか語れない人、知った情報を右から左に流すだけのものです。あなたの考えを、あなたの言葉で伝えて欲しいのです。