fukugen(福言):出会い気づき変わるためのヒント

表現、創作、スピーチ、雑談のネタの欲しい人、今の自分と社会・世界を結びつけたい人、考えを深めたい人に

いじめといじり 

◯子供への影響と対応

子供がお笑い芸人を芸をみて、そのままバカだと思うような時代ではないのです。頭のよい人だと尊敬しているのです。

 

「子供が真似するのが心配、見るだけで不快になる。」

不快になるなら見なければよいのです。

子供には「真似するな」といえばよいのです。

 

バラエティーが、ボクシングやプロレスなどと違うのは、親しみやすく身近に感じるので、リアルとリアリティが混在して、受け止め方がいろいろと出てくることでしょう。アドリブもありますしね。

 

テレビの真似をして、笑いをとるために、まわりの子を利用するような子も出てくるのでしょう。

相手が嫌がっている(ように見える)ことを、まわりが笑いながら、強要することになっていることを心配する大人もいます。

 

◯いじるといじめ

いじるといじめの違いのようなもので、本人たちも必ずしも意識できないグレーゾーンが広いのです。そういう構造を上下関係にして、あるとき、いじめに転じることは憂慮すべきことです。

かといって、いじることも禁じていくような昨今でもあるのですが、どちらも行き過ぎはよくないと思います。

 

松本さんが一員として参加している「笑ってはいけないシリーズ」よりは、

「熱湯風呂」のように、ボスがいて弟子や子分にやらせる芸に、あてはまっていたかもしれません。そのような構造に受け止めてしまう人もでるということでは。

最近は、そういう構図を、芸人同士でなく、MCやレギュラーのベテラン芸人と新人の間に伺えるときがあります。

でも、それは、お仕事です。

 

放映される時間が長いほど、いじられている芸人にはありがたいことです。

売れたい、有名になりたいのですから。

有名人を目指している人が多い業界、売れてなんぼの世界でもあるのです。

 

 

◯いじめの構造

コミュニケーションとして仲間内で楽しんでいる人たちとは別に、上下関係や同調圧力でやらされている人たちがいるとしても、それは必ずしもテレビだけのせいではありません。ネットでも漫画でも何でも素材になるのです。

それは、いじめの構造の問題です。

 

相手が嫌がっているなら、やめることです。

いじめは、いけません。いじりも相手が不快になるなら、やってはなりません。

そのように言うのは簡単ですが、これも受ける方の気分、感情なので複雑です。

その日の機嫌次第で変わることもあるからです。

 

プロレスごっこなどでも、遊んでいるのか、いじめてるのかというと、これまたグレーなところもあるのです。

子供でも、そうした人間関係は、複雑です。

子供は、大人のように人間関係をいろんな方面に散らすことができないから、そこが問題ですね。