◯特権の否定
自分だけが得するということを求めると、自分以外の人が自分のようにしてはいけない、自分の行動は自分だけの特別、特権の特となるわけです。それでは徳がありません。3トク、整いました!
それは、そういう人が他に一人もいないこと、自分のような人が、この世に他にいないことを求めることになります。他に一人もいない自分を求めているのです。
そうした我儘、我欲を通すとなると、他の全員を排除していくことですから、自己の存在をも否定しかねないのです。なによりも、他に誰もいなければ「自分だけが」もなくなるのです。
やや強引な論理で破綻か!
◯自分に置き換える
嫌われることなのにやっては居場所をなくしていくような人がいます。そうした人の起こしたことをみて、自分に置き換えて考えてみます。想像力の訓練ができます。もちろん、そういうことを起こされた方の立場にもなってみます。
「そんなことは絶対やらない」と思うのは、自分はその人とは違うと判断するからです。その人にも、自分と同じく、やらない理由やそれ以上の理由があったかもしれません。ということでは、自分にもその可能性があったと考えてみるのです。
多次元に多様に自分を想像してみる練習になります。
大阪の心療内科クリニック、放火事件、61歳、男! 24名の方の冥福を祈念します。
居場所に放火したわけです。いささか極端な例ですが。
備えについても見直しましょう。
◯人生と出会い
考えてみると、人生、人と出会うたびに、居場所の確保、喪失といった繰り返しをしているわけです。
そこでどうなっていくのか、普通は、大体、素通りで終わってしまうわけです。そこでうまく場を得ると、そこを通じまた誰かと巡りあっていきます。場が広がります。
どんどんと居場所が広がっていく人と、素通りする人と、実のところ、どんどん居場所をなくしていく人がいるものです。好かれる人、嫌われる人、頑張る人、何もしない人、、、。
ということで、京都の新幹線口から出たのですが、ホテル、ホテル、ホテル、、オリンピック需要を見込んだのでしょう。泊まらなかったんですが、ホテルグランヴィア京都で、一人泊まりツイン11,000円には驚きました。業界の不況が身につまされ、寒さもこたえます。
それ以上に、京阪のカフェもカラオケ店もその他、いろいろ私の行きつけの場が大きく消滅しました。スタバ、タリーズに馴染めぬ私は、どんどん居場所がなくなっている人なのでした。