人が神の国、日本の民主政と忖度犯罪 岸田総選挙戦へ 日本沈没

岸田総理の総裁選挙時の公約と総理大臣としての所信表明演説を比べてみると、内容が大きく変わっています。野党だけでなく与党からもため息が聞こえます。少しは時間を稼げよと。私も何の実績も見ないうちに批判したくないのですが、スタートの日に終わってる、何のために替わったのかでしょう。でも日本のマスコミは優しいのですね。

つまり、特に安倍政権以降ですが、自らの言葉に何ら訂正も釈明もなく、責任をとらずスルーしたり、違うことを掲げても平然としていられる、そういうあるまじきことだけはちゃっかりと継承されているのです。もう何も言いませんが、教育上、非常に良くありません。

それで選挙に臨むのですから。選挙後の、内部の利権争いしか見えないような、いえ、見えないくらいにすべきことをだだ漏れにしてしまうほど、情報の管理も統制もできていない、もはや、これで国として成り立っているのかと思うことばかりです。日本沈没、半年以内?

 

日本では、神よりも人が偉いという人間中心の文化風土といえなくはありません。

一神教のように、神との約束事、契約で決めるとなると、掟も多くなります。それを元に自分で判断するので、相手に合わせないのが当然です。

しかし、日本人には、何でも神様であり、また岩でも人でも、簡単に神にしてしまうのです。ですから、相手に順応もしやすいのです。

 

民主政と民主主義とは、違います。

民主政は、皆で話し合って決めるということです。日本は民主政ですが、民主主義と言い難いところがあります。

民主主義は、自らが行動して共同体をつくっていくものです。

日本はどうも上から与えられているものに従っている感が強いのです。

 

こうしたことから、日本でよく見られる忖度犯罪などについても、説明できそうです。

忖度して犯罪を犯すような人が出るのは、日本だけではないでしょうか。マフィアなど死の報復でもない限り、空気を読んで、罪と分かっていることを上司の指示もないのに、自ら行うのは、理解しにくいことです。そんなことない、というのなら、あなたは、生粋の日本人でしょう。組織に忠実で真面目で、その組織では優秀な人が、犯すのです。

そういう人は、組織の外の人には、怖い人です。良心や個人としての考えをおいて、どんなことでもやってしまうからです。公のため、正義のためではなく、組織のため、上司のため、その空気に飲み込まれていくのです。いろんな違反でも、みんなやっているからやる、同調圧力を強いられてきた人が、いつしれず強いる側に回るのです。