多様性と孤独 コロナ禍激減

コロナ禍は、東京都で2ヶ月前に5千人以上だったのが、本日19人、全国一斉に同じような傾向です。となると、なんの成果なのか、もはや、人類の細々した対策とあまり関係なくダイナミックに増減しているように思えなくもないです。この検査数値も信じていないので、追求する気にもなりませんが。

選挙前なので下がり、自民党が大敗すると、劇的に増えて、第六波というのが、私の周辺の輩の見通しです。となると、もはや科学的医学的根拠もなく、政治的人為的の人災っぽく思われてくるばかりです。全く何の対策をしていなかったら、今、どうなっていて、今後どうなっていたかなど、比べようもないのですが、いつか真実を明かして欲しいと願うばかりです。

 

多様であるということは、それぞれが孤独でもあるのです。

多様性から豊かなことがきているというなら、

それは同時に孤独ということです。

多様な社会とは、ジャングルのようで見通しが悪いのです。

となれば、なお、生命の現象やその力の根源に迫っていくことです。

 

遠くにあるもの、時空で離れたものを呼び寄せることは、芸術的な試みです。

いにしえから物事を聞いて覚え話し伝えたのは、ハンディキャップのあった人の特殊能力によって、でした。たとえば、語り部の盲目の芸人でした。

暗闇で感覚を研ぎ澄ませましょう。

戒壇巡りを体験してみましょう。

暗闇フィットネスとかダイアログ・イン・ザ・ダークなどブラインド研修などもあります。パラリンピックでのブランド競技などでも学べることがたくさんありますね。