fukugen(福言):出会い気づき変わるためのヒント

「モチベートがかからない」とか「やる気がでない」という質問をよく受けます。私は、人との出会いや映画、音楽、本などに救われてきました。なかでも、人のことばは、大きな意味をもちました。これからは、そういうことを思い返しながら、生きていくのに基礎となった一般教養や歴史、データなどのピースを散りばめていきます。ご興味があれば、そこからググってください。あなたがこの社会と結びつき、生きていくエネルギーとなるのに、少しでもお役立ちできたらうれしいです。[2021/08]

<能>能は芸能一般。1881年明治14年能楽社の設立、猿楽を能楽と改称、能楽が能となる。「能楽」は、2008年にユネスコ無形文化財に登録。

 

<謡>能は、舞・謡・囃子の三要素から成り立つ。謡は、台詞と地謡

素人の習い事、娯楽として謡が盛んに行われた。これを「素謡」(すうたい)と称する。

 

<猿楽>7世紀頃に中国大陸より日本に伝わった日本最古の舞台芸能である伎楽や、散楽に端を発する。散楽は雅楽と共に朝廷の保護下のもと民衆の間に広まり、古来の芸能と結びつき、笑いの芸・寸劇に発展、能楽の原型となる。

平安時代延暦元年(782年)、桓武天皇の時代に散楽戸は廃止。平安時代中期頃より、神道的行事が起源の田楽や、仏教の寺院で行われた延年などの芸能も興り、発達。

鎌倉時代に現れた翁猿楽は、寺社の法会や祭礼に取り入れられ、寺社との結びつきを強め、座を組織して公演。大和猿楽の四座、近江猿楽六座が名高い。「七道の者」。漂泊の白拍子、神子、鉢叩、猿引きらと共に下層の賤民であり声聞師の配下。

室町時代、延年や田楽の能(物真似や滑稽芸ではない芸能)を取り入れ、集大成。武家が田楽を保護。大和猿楽の一座である結崎座より観阿弥が現れ、旋律に富んだ白拍子の舞である曲舞などを導入、革新。「立ち会い能」

室町幕府足利義満は、観阿弥世阿弥親子の結崎座を庇護。足利義教世阿弥の甥音阿弥を評価し、庇護。

世阿弥によると、興福寺維摩会(ゆいまえ)における延年が能楽のルーツの一つ。世阿弥は、近江猿楽の犬王(道阿弥)の影響を受け、田楽座の一(いっち)忠(ゅう)や亀阿(きあ)弥(み)などにも目を向けて、もともと歌謡的な芸に曲(くせ)舞い(ま)や語り物の性格を導入。

室町時代に成立した大和猿楽の外山座(とびざ)・結崎座(ゆうさきざ)・坂戸座(さかどざ)・円満井座(えんまいざ)の大和四座(やまとしざ)は、後の宝生座・観世座・金剛座・金春座につながるという説がある。

時宗の踊り念仏の持つ鎮魂儀礼時宗が深く関わっていた連歌。中世の勧進聖が上演した唱導劇の影響。

 

○人と能

秀吉の「豊公能」 「明智討」「柴田」「北条」「吉野詣」「高野参詣」「この花」の6曲

徳川綱吉の能狂い。葛飾北斎東洲斎写楽能楽師? 

能は武士だけのものでしたが、その詞章を謡うという行為は、農民を含めて庶民に流行。 能の主役は、敗者、幽霊。 

岩倉具視 能楽堂は、その後、屋外での能舞台を屋内にそのまま収める

1965年 立原正秋が小説「薪能」などで能を恋をまじえて書く。三島由紀夫豊饒の海」第四巻「天人五衰」、杉村苑子「華の碑文―世阿弥元清」、山崎正和「世阿彌」。 

漫画 花(か)都(い)悠(ゆ)紀子(きこ)「不死の花」 波津(はつ)彬子(あきこ)「雨柳堂夢咄」 木原敏江「無幻花伝」 成田美名子花よりも花の如く」 美内すずえガラスの仮面」劇中劇「紅天女」。

イギリスの作曲家ベンジャミン・ブリテン 能「隅田川」を元に教会上演用オペラ「カーリュー・リバー」 

 

○能の構成

初番目物 神をシテとする能 脇能物 

二番目物 男性をシテとする能 修羅物 

三番目物 女性をシテとする能 鬘物(かずらもの)

四番目物 「狂」 雑能 

五番目物 切(きり)能(のう) 鬼や妖怪、お酒の精、霊獣がシテ

その他  「翁」「翁猿楽」

観阿弥 大和猿楽を総合的ドラマ。世阿弥は「夢幻能」の完成、応永7年(1400年)、『風姿花伝

「現在能」は、現在進行のドラマで200番くらい。

「夢幻能」は死者が中心で、亡霊や神仙、鬼が主役(シテ)。    

無念の思いを昇華させる物語構造。

狂言 「してやられる感覚」 役者は「見せる」という主体的な存在となる。

能は即興で演じられ、リハーサルを行わない一度限りの公演 

「幽玄」―ただ美しく柔和なる体、「妙」―「形無き姿」、「無心」

日本は仮面大国 「能面のような顔」 「おもて」 「直面(ひためん)」

一つの表現を殺すことによって逆に別の表現を多様化する。 

能面の目的は「変身」 神懸り 憑依 (吐く息を自分で吸うことになり、酸欠状態)

謡の文体である候文が、武士間の公用語 

謡の歌詞やリズムを記した稽古のための「謡本」はベストセラー 

小泉文夫「武道の手合わせのはじめの所作がすべて本質的な部分にすでに入っているというリズムである」(「音楽の根源にあるもの」)

 

能の音楽「囃子方」は「笛[能管]」「小鼓」「大鼓」(「おおかわ」)「太鼓」で「四拍子」

「日本ほど語り芸の多い国はない」(浪曲師 玉川奈々福

「能を観る」のではなく、「能と共に生きる」

「コミをとる」とは、掛け声の前にお腹の不快部分にぐっと力を込めて「間」をとる息をすること。能は「息」の芸能 世阿弥はこれを「せぬ隙(何もしていない時空間)」と重視。

ほとんどの型に意味はない。

能の舞は陰陽の動きをくり返す舞 「シカケ(サシコミ)」は前に出る動き「陽」 「ヒラキ」は後ろに下がる動き「陰」 左に出る「陽」 右に出る「陰」 

(お釈迦様の説法の声は「ライオンの咆哮(獅子吼(ししく)」)