2018-10-03 「高原慶一朗氏 逝去」 ユニチャームの創業者です。最初の出会いは、私が30代になったかどうかの頃、日刊工業新聞社主催のシンポジウムで、パネリストとして登壇したときでした。私にははじめての大きなシンポジウムで、同席していた嶌信彦氏は、「しま」と読むんだなど、考えていたのを覚えています。 その後、秘書室から手紙がきての出会いからでした。いつか続きを。