物事をA対Bと捉えたときに、すでにC、D、Eの可能性が消されているのです。
物余りのなか、常に選択からスタートしたのが40代以下の人たちでしょうか。とくにゲームなどでは、○択選択で、そこに「その他」とか「自分でつくる」はない。例えば、アルファベットの世界でさえ、A、B、C、Dくらいから、どれを選ぶか考えてしまいがちです。DのあとにEからZまであるとか、まして、Zのあとに、何万と無数につくれるとは考えないのです。
かつて、多胡輝氏にお会いしたとき、「頭の体操」を、制限時間と答え合わせの思考パターンをつけるのは、体操とはいえ、よくないと批判したことを思い出しました。
何もなかった世代は、ゼロからすべてを創った。それはゼロからのプロセスを知っているから、失ってもまた、創れる自信があるわけです。
それに対して、すでにあるものを前提として生きてくると、失わないことにとらわれてしまう。そうでなくて、できるだけゼロから創る経験をつんでほしいと思うのです。