fukugen(福言):出会い気づき変わるためのヒント

表現、創作、スピーチ、雑談のネタの欲しい人、今の自分と社会・世界を結びつけたい人、考えを深めたい人に

03.思想・哲学・宗教

「生身と外部化」

脳化が進み、身体の外部化での接触が進むのが、文明といえるかもしれません。ことばの始まりから、テクノロジーの発達で、身体感覚は、延長しバーチャル化していくのです。それに従って、生身で触れることを避けるようになっていきます。プライバシーの尊重…

「経験と主体性」

体験というのは、選択ではありません。それを選択することで主体性が得られるわけではないのです。しかし、多くの人は、そう思うようになってきています。自分で選んで経験してみることと主体性とは、別のものです。

「法の外の芸」☆

法は、道徳ではありません。統括の手段にすぎませんから、絶対なものではないのです。 私たちが説明がつかないのを残し続けていることをみるとよいでしょう。芸や祭や宗教的なこともそれに含まれます。これらは本来、法の外のものです。人は、本来、法に納ま…

「表現と公共性」☆ 

正義の守護者として、公の理を守ろうとする人が少なくなっています。反体制活動としての表現の力もなくなりつつあります。 公共性とは、皆に関わりうることを皆に訴えるような表現です。一個人の不快感に公共性はないのです。 ゾーニングによっての制限は、…

「キャラ本位」

作品も、それ自体の価値ではなく、アーティストのキャラでプロモーションするようになりつつあります。実のところ、私たちはキャラを消費することになっているのです。

「多次元な自己と人間関係」☆ 

今は、全人格的にすべてを誰かとシェアできる人間関係、ある意味で、親密かつ共犯的な関係は、結びにくくなりつつあります。 自分自身も多次元化し、多様に役割を演じることを求められ、周りとの関係も多様に変化せざるを得ないからです。 そして、相手もそ…

「バランスのとり方」

他人とうまく接していくことと自分の内省から出てくる本音とのバランスのとり方は、難しいものです。 常識とされていることを疑うことが大切です。それは、誰かに都合よく、そうでない人に不利であることが多いからです。 それでも、必要に応じて自ら常に修…

「カルトの見分け方」

批判ができず、他に開かれていない生活で、忠誠が求められ、懲罰が正統化されるとなり、そこで非同調、不参加が背反行為、裏切りとなるなら、カルトと思われます。 それは、誰かが自分に依存させるために使うのです。思考の自由を奪います。 自発性、考え方…

「グノーシスとカルト」

グノーシスとは、知識や認識のことで、グノーシス主義とは、啓示で与えてくれる知識で救われるとします。そのため、「信じること」も「考えること」も必要ないのです。 教えられる信仰や考えるという理性よりも上に「霊感で得る知識」があるわけです。となる…

「霊性」

現実の複雑さに立ち向かえない状態になってしまうと、誰もが目指したくなるのが、スピリチュアルな世界です。霊性というと、気高いようにも感じられるのです。 ちなみに、超能力は、生命体の衰弱の一表現形態として現れることもあります。

「夢」

なぜ、夢には、突っ込めないのでしょう。起きたら、すぐにツッコミどころ満載だったなということをしているのに。すぐに忘れていくのも不思議ですね。 夢は、一人の経験ですから、同じ夢を同時にみた人でもいなければ、現実ではないとわかります。つまり、共…

「公的と私的」

公的とは、「公のため、他人のための無償の贈与」(カント)といいます。自分の地位から離れて対することです。職務を無批判に全うするのは、私的なこととみなされるべきです。

「自由と済民」

経済は、「経世済民」の略ですが、それはPolitical Economyであり、政治を含む国民経済だったのです。「人民は政府の主客」(福澤諭吉)でした。 そこから、私たちは職業や居住地の自由、家の解体、婚姻の自由とともに、消費の自由を手にしていったといえま…

「もののあわれ」

日本人の感性のベースである「もののあわれ」は、永遠の根源(無)への思慕です。ものごとにおいて性急かつ無理に意味をみつけようと焦らないようにしましょう。自然を大きくみたら大自然に触れたら自ずとうまくいくものです。

「意味と世界観」

世界と自分との結びつきの感覚をもち続けることは大切ですが、それが極端にならないように用心することです。 自分で意味を与えようとしたときには、人はそれを真理として固定させて世界観をつくり出します。すると、何かを無条件に信じるようになってしまう…

「日本人論」

院政、摂政政治、家(イエ)というのは、空気が支配するため、明確な意思表示はなされません。 女性が公的な場に出入りしていたし、日本にはハーレムがない、父系ではないといえましょう。 風が吹く(吹いた) 付和雷同 by the way~の後は、本論ではなく余…

「日本は森林大国」

日本の森林は、国土の60%、山地が70%、降水量2,000ミリで、険しくて住めないのです。それゆえ、開発されず残っているのです。つまり、日本では、農業で安住したのではなかったということです。 定住すると、土器や墓がつくられます。それが縄文時代にも残っ…

「行動主義の見方」

食事を共にすると、そこでの友好的な態度が相手の意見への態度を軟化させてしまうのです。それは行動主義という見方であって、理性よりも動物的本能が優位だというものです。

「再生」

古典や歴史書は、古いからこそ、全てを現代の状況に置き換えられます。つまり、古い具体的なことから、一度、抽象化させて、現実での問いにもってくるのです。 そういう意味で、小説も芸術も、再生させられたところに価値があります。 時事に合ったものは、…

「批判について」

少なくとも、我が敵であれよ」(ニーチェ) 批判に値するものとして、そして、超えようと働きかけてくれるものは、大事にしなくてはいけないのです。

「多様性を認める」

世界は、多様化していくのではなく、元より、多様性に満ちています。ですから、グローバル化ではなく、ローカル社会を個別、独創性を認める方向にしていくと考えるとよいと思います。その上で、グローバルなプラットフォームを利用するということになります…

「『新資本論』」

究極の自尊価値は、 個性的な創造から生まれますが、 独創的なものほど、ほとんどは、 社会的に無駄なものです。 仕事の独創性に生きがいを見出せと言いつつ、 そこから生まれるブランドなどの付加価値を 環境に悪いとして、商品を使用価値だけにして、 環境…

「ニヒリズム」

ある価値観が否定され、その虚偽を暴くことが目的となってしまう。それは、手段の目的化です。否定することで、さらに否定が生じていくのです。

コミットメント 2016/05/25

「何もかも疑わしく思えます」という人に会いました。 すべてを疑い続けたら、あなたという主体もなくなります。何事も怪しいとばかりに考えていくと、新しく学べず、行動も伴わずに終わります。他人を嘲笑しているうちに、人生も終わります。無責任な傍観者…

「見観」 2011/3/24

感動は本質 目を弱めて 大局を捉える見の目と 目を強めて 細部を捉える観の目 「目のおさめ様は 常の目より細やうにして うらやかに見る也 目の玉を動かさず 敵合近く共 いかやうに遠く見る目なり その目にて見れば 敵の業は申すに及ばず 両脇までも見ゆるな…

「ノーベル賞の根岸博士の話」 2011/03/11

1.ニーズ2.願望3.作戦4.知識5.アイデア6.判断7.意志力8.行動力9.セレンディビリティ(幸福な公立)10.系統だった特育 依頼以上の仕事をする次の命に伝えるいろんな人を出入りさせ、もてなす レベルの低い仕事を、人の10倍もこなせな…

○仏教の無財の七施

1.眼施(げんせ)・・・人にやさしい眼ざし2.和顔悦色施(わげんえつじきせ)・・・柔和な顔で接する3.言辞施(ごんじせ)・・・他人にやさしいことばで接する4.身施(しんせ)・・・自身を正しくして人に礼を尽くす5.心施(しんせ)・・・愛情の…

○悪人正機 悪人の自覚をもつこと

欲を抑えるのでなく、中道を進むこと 「小欲知足」が最近、私のモットーになりつつあります。 誰かにしてはならないと強制されるものでなく、これは自ら気づくこと、足るを知る欲のなかで生きることです。 向上心も欲なのです。思い通りにならない不満から、…

○正しい人

いい人は、争いを招くものです。そういう人は、自分は正しく間違ったことはしていないと思うから、意見を変えられない。つまり、人と対立してしまいます。「正しい」というのは、自分に都合のよい考え方に過ぎないのです。「なのに」とか「だから」とそこに…

○他力本願

「人間が努力して仏になるのではなく、仏がその人に仏になってくれ」という。 阿弥陀の本願、願いの中に、あらゆるものを必ず救うことというのがありました。 人間の願いを仏にかなえさせるのでなく、仏の願いを私が聞かせてもらうことが他力本願だと。 私ど…